前回、私が国連によって任命された市長としてスケンデライ・セルビッツア市に乗り込み、そこでコソボ解放軍によって任命されたラマダン「市長」と出会ったことを書きました。市行政の再建が私の任務でしたが、私一人でできる仕事ではありません。いずれにせよ、現にそこに住んでいるアルバニア系住民の協力が不可欠であり、彼ら住民の代表と称するラマダンが私の目の前に現れたわけです。議会制民主主義では、公正な選挙を通じて住民の代表を選びます。しかし選挙がまだ行われていない状況では、誰が民意を代表しているのかなど誰にもわかりません。コソボ解放軍によって任命された「市長」が本当に住民に支持されているのだろうかと疑い出したらきりがありませんが、そんなことを言っていては一歩も先に進めませんから、とりあえずラマダンを私のカウンターパートとして認めることにしました。そして彼の片腕だったファーディルが「副市長」ということになりました。彼ら二人は、いわば、国連による政治的任命です。
それから、彼らを通じて少しずつ市の職員を集め始めました。採用試験などとうるさいことを言っていても始まりませんから、とにかく彼らに任せておきました。コソボの自治権が剥奪される以前に市役所で働いていた職員や、ヨーロッパで勉強して最近コソボに戻ってきたという若い人材が次第に集まってきました。こうして市役所の再建は比較的順調に始まったのですが、すぐに問題がおきました。ハンコです。私はプリスティナ(コソボの首都)にある国連本部からもらった国連のハンコを持っており、私が出す政令にはこのハンコを押すことになっていました。ところがラマダンは、それとは別にコソボ解放軍がつくったハンコを持っていて、それを自分が出す書類に押していたのです。こんなことをされては、だれが市を統治しているのかわからなくなります。私は何度も彼に注意をしたのですが、彼は一向にやめません。そこである日、彼のいないときに彼の使っていたハンコを無理やり押収してしまいました。さすがにこのときは、日ごろ温厚な彼も激怒して私の部屋にやってきました。しかし私もここで妥協していては、いつまでたっても国連の権威を確立することができません。
彼と長々と話をしてわかったのですが、要するに、彼は一応、国連の現地代表である私の下で仕事をしているが、彼の本当の上司はコソボ解放軍の司令官であり、彼にとっては司令官の命令は絶対であり従わざるを得ないというのです。ラマダンとは今後も一緒に仕事をしていかなければならないし、彼の立場もそれなりには理解できたので、結局、その場はお互いに妥協して、ハンコは返すが、状況を互いの本部に報告て、プリスティナのレベルで問題が解決するまではハンコは使わない、ということになりました。
その後、本部でコソボ解放軍といろいろ話をした結果、最終的には彼らが折れて、以後ハンコは国連のものだけを使うということに落ち着きました。こうしてラマダンも上司の「許可」を得て、自分たちのハンコの使用をやめたのです。これでやっと国連の権威も確立してきたと感じ始めたときに、次なるもっと大きな問題が起こりました。それは、コソボの旗をめぐる対立であり、今度の相手は、コソボ解放軍の現地司令官でした。このとき私は、ハンコ事件とは比べようもないほどの強固な抵抗にあったのです。
(文:井上 健)
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