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コラム 08月15日更新

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世界の片隅から

第11回

-私のカメレオン- 5

私のカメレオン 前回は、コオロギの宅配便を利用することによって、私が飼っていたカメレオンのファーティマの餌の心配がなくなったことを書きました。ついでにもう少しコオロギのことを書いておくと、100匹のコオロギは、それは良い声で鳴きました。秋の夜にコオロギが鳴くのはいいもので、私は結構聞きほれていました。ところが、毎晩毎晩コオロギの音色が小さくなっていくのです。しばらく経つと、とうとう何の音色も聞こえなくなりました。「そして誰もいなくなった」というわけです。このときは改めて生物界の冷酷さを思い知らされ、カメレオンとコオロギの双方に感情移入をしてはいけないなあと実感した次第です。

  ファーティマは長い舌をぺろりと伸ばしておいしいコオロギを食べまくり、元気いっぱいのようでした。元気といっても別に活発に動き回るわけでもなく、相変わらず枝にじっと止まっているだけです。そこでファーティマを街に連れ出すことにしました。とはいえ特別なものが必要なわけではなく、ただ肩に載せるだけです。ファーティマは小さな手足でしっかりセーターにしがみついていますから、ちょっと歩き回ったくらいで振り落とされることはありません。自分でどこかに飛び移ろうなどという気もさらさらないようです。かくて私はファーティマを肩に載せてジュネーブの目抜き通りを歩き回りました。すれ違う人でファーティマに気がつく人はいませんでしたが、私がウィンドウショッピングなどをして立ち止まっていると、隣にいた人が突然ファーティマに気がつき、びっくりしていました。今思えば馬鹿馬鹿しい話ですが、私はそれが面白くて、得意げにファーティマを見せびらかしたり持たせてあげたりして喜んでいました。ファーティマは嫌な顔ひとつせずに(あまりカメレオンに表情はないのですが)、それなりにみんなに愛嬌を振りまいていました。

  ところで、ジュネーブに住んでいると物価の安いフランスに毎週末のように買い物に出かけるのですが、ある日ファーティマを連れてフランスのスーパーまで買い物に行った帰りに、なんと税関でファーティマが見つかってしまったのです。このときは結構大変でした。税関の官吏に、どこでこのカメレオンを手に入れたのか、なぜ連れまわしているのかなどとさんざん尋問され、挙句にこれはワシントン条約に違反しているのではないかと言い出すのです。ワシントン条約というのは、ワシントンで1973年に採択された「絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」というのが正式名称で、この付属文書に記載されている動植物を、国境を超えて移動させる際には、輸出入の許可が必要とされています。当時の私は、カメレオンがワシントン条約の対象動物かもしれないなどとは考えても見ませんでした。今調べてみるとカメレオンは付属文書IIに記載されています。付属文書Iに記載されている種は(たとえば象やトラやサイなど)、絶滅の恐れがあるので商業取引は原則として禁止されており、付属文書IIに記載されている種は(たとえばカバや北極クマやカメレオン)、現在は絶滅の恐れはないが、将来的にその恐れがあるので取引が制限されています。しかし、当時はまだカメレオンは付属文書IIにリストされていなかったようで、税関官吏が分厚い本のページを隅々まで調べ上げた末に、ファーティマはシロとみなされ無罪放免になりました。



(文:井上 健)
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