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世界の片隅から
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第4回 -私のラクダ- 4
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前回に引き続き、私が内戦下のソマリアで飼っていたラクダのダアリの話です。ぴかぴかの毛並みで、首から身分証明書をぶら下げて国連の敷地内を歩き回っていたダアリは町中の人気者でしたが、しばらくすると前回書いた例のインド人将校がやってきて、衛生上の問題があるのでラクダを敷地の外に出してほしいと言ってきました。インドの町では牛が放し飼いになっているし、牛のフン害もラクダのフン害も似たようなものではないかと思いましたが、軍人には逆らえません。困ったことになったと思っていたら、現地スタッフが何とかしてやるから心配するなといって、数日後に一人の若い男を連れてきました。敷地のすぐ外に住んでいる男で、彼がダアリの面倒を見てくれるというのです。まじめそうな男だし、ダアリに毎日腹いっぱい草を食べさせるためには、誰かがダアリを原っぱに連れて行って長時間放し飼いにするのが一番だと思ったので、彼をダアリのベビーシッターとして雇うことにし、毎日面倒を見ることを条件に月給50ドルを払う約束をしました。失業中だった男が喜んだことは言うまでもありません。ただ、遠くに連れて行かれたのでは私が会えなくなりますから、敷地のすぐ外にダアリのための小屋を、ダアリが大きくなっても使えるようにと、しっかりと大き目に建てました。ベビーシッターと近所の男たちが手伝ってくれて、木材代が300ドル程度かかりました。とにかく当時のソマリアではお金の使いようがありませんでしたから、ダアリのために毎日干草を届けさせたり、外国から高価な予防接種を取り寄せたりと、稼いだお金はダアリにつぎ込んでいました。
さて、立派な小屋もでき、専属のベビーシッターも雇うと、どうしてもダアリに乗ってみたくなりました。とはいえ、生まれてから一度も物を背中に乗せたことがない子ラクダを調教するのはそれなりの技術がいります。私はどうしてよいのかわからないので、みんなに頼みました。まず彼らがやったことは、ダアリの背中のこぶの後ろからおなかにかけて縄で編んだ布切れを巻きつけることでした。重さはほとんどないのですが、ダアリはうっとうしがって結構暴れました。それでも数日たって慣れてくると、今度はそれに荷物をくくりつけるのです。ダアリはまたも暴れ、こんな重いものを載せられていい迷惑だといわんばかりに走り出し、荷物を振り落とそうとするのです。しかし何日かするとこの荷物にも慣れました。そしてベビーシッターの男が、いよいよ今日これからダアリに乗ってみると言ってきました。あんなに暴れるダアリにどうやって乗るつもりかとついていくと、小屋の中の片隅にダアリがつながれていました。手伝いの男たちもいて、ダアリの手綱をしっかり握っています。見ているとベビーシッターはダアリの真上にある天井の梁につかまって、そのままゆっくりとダアリのこぶの後ろに座ったのです。さあ大変。その瞬間、ダアリはキーキー大声を出して暴れだしました。ベビーシッターは梁につかまってバランスをとり、男たちは懸命に手綱を押さえています。数分間はそんな感じでみな必死でしたが、やがて異様なにおいがしてきました。なんとダアリがショックのあまり下痢をしたのです。ラクダのフンは通常はウサギのフンを大きくしたようなころころと丸い形をしているのですが、このときはまさに下痢便でした。後にも先にもダアリが下痢をしたのを見たのはこのときだけです。よほどのストレスだったのでしょう。正直、かわいそうになりました。(次回に続く)
(文:井上 健) |
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