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世界の片隅から
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第3回 -私のラクダ- 3
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先月は、内戦最中のソマリアに赴任した私が、ラクダの朝市でメスの子ラクダを7000円で買ってきてダアリと名前をつけたところまで書きました。私は、ダアリを宿舎の庭の木の下につないで飼い始めました。朝起きて部屋の窓を開けると、外には自分のラクダがたたずみ私のほうを見ています。なんかとても楽しく幸せな気持ちになりました。
当時のソマリアでは、仕事以外はすることがほとんどないのです。インド兵によって警備された事務所と宿舎のある敷地からは武装した護衛なしには外へ出ることができません。だから私は暇さえあればダアリをかわいがり敷地の中を首に縄をつけて散歩しました。ラクダは馬と違って走るよりも歩くほうが好きなようです。ひたすら歩き、道端に草があると文字通り道草を食います。
ソマリアの休日である金曜日になると(イスラム圏では金曜日が週末です)私は、せっせとダアリの体を洗ってやりました。私にとっては日曜日にマイカーを洗う感覚だったのですが、現地の人は目を丸くし「ソマリアには何百万頭ものラクダがいるが、毎週洗ってもらっているラクダはダアリぐらいのものだ」と、お前はなんと馬鹿なことをやっているんだという口調で言います。しかし何を言われても、私はせっせとダアリを洗ってやりました。すると当然のことながら、ダアリの毛並みはどんどんよくなり、それはそれはきれいな、輝くようなラクダになったのです。すると皆が感心して「お前のダアリはいいラクダだ、すばらしいよ」とほめるようになりました。ソマリア人はもともとラクダが大好きなので、大人も子供もみんなダアリを見に来て触っていきました。それにつれて地元社会での私の株が上がり、信用がついてきました。ソマリアのラクダを大切にする男なら俺たちのことも大切にしてくれるだろうと考えたのです。私も彼らの期待にこたえるべく、仕事にも打ち込んでいきました。
当時バイドアの国連職員にはインド軍が身分証明書を発行していました。ある日、私は人道支援事務所のシンボルになったダアリにも身分証明書が発行できないものかと考え、インド軍将校に頼みに行きました。彼は驚いた顔をしていましたが、即答を避け検討すると答えました。2〜3日後に彼がやってきて、「将軍とも相談したのだが、現在ソマリア人首長たちが身分証明書を欲しいといって来ているのだが、彼らには断っている。それなのにラクダに発行したら彼らに対して示しがつかないからやはり無理だ」というのです。軍人さんはユーモアのセンスがないなあ、ソマリア人はそんなことで怒ったりするはずはないのに、と思いましたが、無理を言っても仕方がないのでその場は引き下がり、インド軍が発行してくれないのなら自分でやろうと考えました。簡単なもので、ポラロイドカメラでダアリの顔写真をとり、証明書に貼ってラミネートカバーをすれば出来上がりです。名前は、ダアリ・ケン・イノウエです。ちなみに、ソマリアでは子供の苗字は父親の名前です。たとえば、アブドル・アハマッドに息子が生まれて、ヌルケと名前をつけたら、その子の姓名は、ヌルケ・アブドル・アハマッドになります。
ダアリの父親ラクダには名前はありませんでしたから、私が父親代わりになって私の名前をダアリにあげたわけです。首から自分の身分証明書をぶら下げたダアリは、ますます人気者になりました。(次回に続く)
(文:井上 健) |
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