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コラム 08月15日更新

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日本とユダヤのハーモニー

〜「君が代」に秘められたユダヤルーツ〜

第25章
君が代の由来 パート1

日本の国歌である「君が代」については、長年、賛否両論が飛び交うものの、基本的に誰もが幼い頃から幾度と無くその歌詞を口ずさみ、親しんできた歌であることに変わりありません。特にオリンピック競技や日本代表のサッカー試合等、昨今のスポーツにおいて、若者の間でも自国に誇りを持ち、国歌を斉唱する姿は、今や決して珍しくありません。

  君が代のメロディーは、明治維新の開国と共に、イギリス軍の楽長より、国歌の必要性を指摘されたことを発端とし、それから10年余りの月日を経て、最終的には宮内省雅楽課にて曲が定められました。その際、日本人の音感に馴染みやすい雅楽という日本固有の音楽に基づいて作曲されたメロディーが選ばれ、また歌詞については「蓬莱山」と呼ばれる琵琶歌に含まれる「君が代」が選定されました。その歌詞の歴史は延喜五年、今からおよそ千数十年前に編纂された「古今和歌集」の巻七賀歌巻頭歌に遡ります。

  そこには「題知らず」「読人知らず」と書かれている通り、当初から歌の題も作者も不明でした。ところが、古今和歌集では「わが君は」と始まる初句が、何故かその直後、和漢朗詠集に載った時には、「君が代」に変えられていたのです。民衆の間に歌い継がれていくうちに変化したという説もありますが、おそらく何らかの意図があって作者の意思が働き、いつしか修正されたものと考えられます。そして「君が代」は、様々なお祭りの行事でも歌われるようになり、舟唄や祭り唄としても広まりました。

  庶民から愛されるべき国歌「君が代」ではありますが、一種の違和感を訴える人が少なくありません。その理由のひとつが、不可解な歌詞です。君が代で使われている言葉は大変わかりづらく、何度歌っても子供達はその意味を理解できず、大人でも首をかしげてしまう人が少なくありません。「細石の巌」になることや、「苔がむす」等、一般的には使われることのない難しい表現が含まれており、君が代を斉唱し始める小学校においても、その歌詞の意味をきちんと教えることはないようです。

  そして「君が代」の意味が二通りあるということも、議論をかもし出しています。「君」という文字には「あなた」という二人称、そして「君主」という二つの意味があります。それ故、「君が代」は、一般庶民を指した「あなたの代」、もしくは「天皇の御代」、いずれの意味にも解することができ、本来の意味がどちらかは不透明なままです。また代々に渡る繁栄を言い表す為に使われた「苔のむすまで」という独特の表現が、果たして「天皇の御代」の永続性を語るにふさわしい言葉の響きがあるかどうかも疑問です。更に「千代」が何故、「センダイ」ではなく「チヨ」と発音され、その続きの「八千代」が「万代」ではなく、何故「ヤチヨ」と発音されるに至ったのでしょうか。

  驚くことに、これらの疑問を解く鍵がユダヤにありました。つまり、これまで解説した民謡や「いろは歌」のように、一見日本語で書かれた「君が代」にも、ヘブライ語で読み通せる二重の意が秘められていたのです。日本語とヘブライ語を巧みにブレンドさせ、そのヘブライルーツを芸術的に日本語に隠蔽した張本人こそ、日本が誇る聖人、弘法大師に他なりません。

( 文・中島尚彦)

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