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コラム 08月15日更新

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日本とユダヤのハーモニー 第2部 〜日本語のルーツ

第18章
片仮名のルーツを解明! その1
〜漢字、平仮名、ヘブライ語の混合作として片仮名が創作された理由とは?!

 これまで如何にして平仮名が、ヘブライ語のアルファベットをベースに創作されてきたかを解説してきました。平仮名が漢字の草書体から作られている、というこれまでの定説を覆す新説ですが、漢字ルーツ説よりも明らかに文字創作の過程を理論立てて説明できるため、その信憑性は極めて高いと言えます。ヘブライ語の文字をたたき台にすれば、仮名文字のルーツを全て整然と説明することができるだけでなく、歴史を見る視点が一変します。

 平仮名の創作者は弘法大師であったと昔から言い伝えられていながらも、現在はその説を否定する学者が多いようです。しかし遣唐使としてアジア大陸に渡り、ネストリウス派のキリスト教に接して聖書を学び、ヘブライ語を研究するに至った学問の達人、弘法大師でなければ、ヘブライ語から平仮名を創作したり、いろは歌にキリストの折句を含めることは不可能なはずです。弘法大師の信仰ルーツには聖書学があるからこそ、師の布教した真言密教にはキリスト教と多くの共通点があることも、これで説明がつきます。

 そこで平仮名が作られた頃と同時期の平安時代に創作されたと言われている片仮名のルーツを検証してみましょう。漢字の草書体から造られたことが定説になっている平仮名とは異なり、片仮名は50音図を基に、漢字の一部をとってその字形が創作され、「仮の文字」、もしくは「片方だけの仮名」という意を含めて、片仮名と呼ばれるようになったというのが定説のようです。しかし漢字の一部分が明らかに片仮名へ流用されたと考えられる片仮名は多数あるものの、創作の経緯がはっきりしない文字も複数あることに気がつきます。例えば「キ」「シ」「へ」「ワ」「ン」等、漢字由来説ではその文字の成り立ちをうまく説明できません。また当時、既に平仮名も存在しているはずなのに、なぜ同様の音節文字をもう1種類、編み出す必要があったのか、という素朴な疑問にも答えに窮してしまいます。

 そこで大胆な憶測をしてみましょう。まず平仮名と片仮名は、双方共に目的を持って創作されたと考えられます。平仮名は前述した通り、弘法大師によってヘブライ語のアルファベットから日本固有の文字群となるべく創作されました。それは主に詩や歌等の文献を書き綴り、後世へ様々なメッセージを書き残し、継承するための手段として用いることを主旨としたものです。その最も顕著な例として「いろは歌」があります。「いろは歌」の折句には様々な信仰的メッセージが含まれているだけでなく、その歌の主題である平仮名の背景には、日本固有の文化を愛し、神への信仰を全うせんがための特有の美学を伺うことができます。

 そのように神秘的な思いが込められ、完成度が高く、美しい平仮名を、漢文を訓読するためのツールとして用いるには忍びなかったのでしょう。その為、漢字と一緒に使用することを前提とし、漢字を読むための補助をする役目を持つシンプルな片仮名が創作されたのです。この片仮名は、漢字の一部を流用して創作されただけでなく、平仮名を簡略化したり、ヘブライ語のアルファベット形状も併用して取り入れながら、結果として平仮名よりも簡潔な文字形成を成し遂げたのです。こうして当初の目的どおり片仮名は漢文と一緒に用いられ、公文書や学問的な内容を主とする文章に積極的に用いられるようになりました。その名残もあってか、片仮名は後世に至っては外来語を表記するために用いられただけでなく、現代までも漢文調のような格式を持った公文書では、漢字と併用して片仮名が使われているのです。


(文・中島尚彦)
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