日本とユダヤのハーモニー 第2部 〜日本語のルーツ
第9章
祇園祭りに潜むイスラエルの影 その6
〜「山車」の起源はノアの箱舟か?!
オリーブの若葉に謎を解く鍵が潜む!
祭りの季節になる度に全国各地で大活躍するのが山車(だし)です。山車には草花や人形、動物等の装飾物が飾られており、その興味深いデザインには誰もが目を見張ります。例年7月に催される成田山新勝寺の祇園祭においても多くの山車が民衆の大きな掛け声と共にその雄姿を披露し、新勝寺の境内では活気に満ち溢れた山車同士の壮絶な演出を見物することができます。このような山車を使ったお祭り行事は京都や成田の祇園祭だけでなく、全国各地で開催されています。これ程まで日本の土壌にしっかりと根付いた「山車」文化のルーツはどこにあるのでしょうか。
「山車」の起源は少なくとも平安時代まで遡ると言われています。大陸の宗教文化が日本へ紹介され、多くの僧侶がその影響を強く受け始めた平安時代の末期に、比叡山の山法師が日吉(ヒエ)神社のご神体を神輿に収めてそれを担ぎ、朝廷を訪れました。この史実から平安時代では既に神輿の中に神を迎え入れるという発想があったと考えられます。その後、中世にかけて宗教間の派閥争いが厳しくなる最中、どこにも負けない日本一の贅沢な祭りを作ろうという町衆の思いが頂点に達し、それまで人の手で担がれていた神輿がいつしか祇園祭においては大掛かりな「山車」に変貌を遂げたと言われています。
「ダシ」という言葉の語源は「飾り物として出す」ことから「出し車」がつまってできたとか、屋台から装飾品の一部を垂らすように出してあったことに由来するという説等があります。そこに「山車」という漢字を当てた理由としては、巨大な装飾品を備えた車が山のように見えるからというのがごく一般的な見解です。しかし神の降臨する依り代(よりしろ)とも呼ばれる祭礼の山から神のご神体を移動する車として最終的に「山車」となったという学説等もあり、真偽の程はさだかではありません。もし前述した通り、祇園祭や神輿のルーツがイスラエルにあり、祇園社で祀られたスサノオがイスラエルの子孫であるとするならば、「山車」の語源も同様にイスラエルの歴史から解明できるはずです。
まず山車の装飾として使われる草花、動物、人形が洪水神話に結びつくことに注目してみました。ノアの箱舟にはノア一族と無数の動物が乗っていましたが、山の頂上にとどまった直後、まずそこからノアは鳩を放ちました。その鳩が「オリーブの若葉」を咥えて帰ってきた時、ノアは初めて陸地が現われたことを確認できたのです。それ故、若葉と動物、人間は全て洪水神話に関連する重要テーマです。山車にこれらが装飾され、時には波さえ描かれることが多いのは山車の起源が洪水にあることはほぼ間違い無いようです。だからこそ、箱船が山頂にとどまった7月17日に祇園祭が催されるようになったのではないでしょうか。
この説を決定づけるのが「山車」という発音を持つヘブライ語です。
(ダシ)は旧約聖書の創世記に実際使われている言葉であり、それは「若葉が地上に芽生える」という意味を持っているのです。そこに山車という漢字が当てられたのは、大洪水からの救いが山上から始まったからに他なりません。そこで若葉の芽生え(ダシ)を確認し、その箱舟から多くの私財が運び出されて車に載せられながら地上の隅々まで運ばれたのでしょう。
祇園祭で用いられる「山車」の根底にあるテーマは「神の救い」であり、水没した大地に再び芽生えた若葉(ダシ)こそ、正に新しい時代の始まりの象徴だったのです。
(文・中島尚彦) |