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コラム 09月15日更新

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日本とユダヤのハーモニー 第2部 〜日本語のルーツ

第5章
祇園祭りに潜むイスラエルの影 その2
〜祇園祭りのルーツは大洪水か !? 旧約聖書を背景に繰り広げられる日本の祭

 祇園祭の背景には旧約聖書に記載されている大洪水があると聞いても、誰もピンとこないことでしょう。確かに祇園祭の儀式や神輿、山車等に代表される様々な祭典は一見、洪水のイメージとは何ら関係ないように思われます。ですが、祇園祭に代表される全国の夏祭りと洪水の共通点は、祇園祭が開催される日と、箱舟が山の頂にランディングした日が同じ7月17日であるという暦の一致だけにとどまりません。

 まず全国の祇園祭は海に纏わる行事が多いことに注目してみました。祇園祭の祭神は牛頭天王(素戔嗚尊)ですが、各地で牛頭天王だけでなく、海上を漂いながら導かれる象徴として水神を祭っている所が多いのです。また、素戔嗚尊は水を支配する八岐の大蛇を退治したことから水を司る神としても捉えられていますが、その点も興味深いところです。そして神輿を川や海まで引き込む神輿水中渡御の祭りや、山車の代わりに船を出す御船祭も各地で行われており、これらは洪水から逃れたことを祝うだけでなく、後世において契約の箱が海を渡って日本に到来したことを祝う行事とも考えられます。

 また神輿や山車の彫刻や飾りには波と鳥のデザインが多数見かけられますが、それはノアが箱舟から鳩を放ち、オリーブの若葉を咥えた鳩が舞い戻ってきた時に初めて水が引いたのを確認したという旧約聖書の記述と関係があるように思えます。また神輿の上には翼を広げた金色の鳥が置かれ、そのくちばしが小枝を咥えているのも偶然とは思えません。明治神宮の建物にも屋根の部分に波唐草という波の模様が描かれており、更に伊勢神宮では御神宝が御船代(みふなしろ)と呼ばれる船の形の容器に収容されています。これらは全て洪水にルーツがあることをほのめかしてはいないでしょうか。

 ノアの箱舟の物語は、神の命令に従って造られた箱舟によって大洪水を脱出した暁に、西アジアの高原にある高天原の山の頂上にランディングし、船から下りたノアとその一族によって人類の新時代が幕開けしたという、正に人類の救いを象徴するストーリーなのですが、この神話の原点には神の命令に従ったノアの信仰心があります。このモチーフは面白いことに古代日本国家の設立の背景にそのまま当てはまります。紀元前8世紀にイスラエルの国家が崩壊する直前、イザヤの予言を信じたイスラエルの民は、東の国の島々にある新天地を捜し求めて国家を脱出したのです。そして東方に向かってアジア大陸を横断し、最終的に船で海を渡って約束の島々である日本列島に辿り着き、そこに新しい国家を設立することになります。特筆すべきはイザヤの子息をリーダーとした一行が、イスラエルの家宝である神輿に酷似する契約の箱を、大陸を横断する時も、日本海を船で渡る時も、2本の棒で担ぎ通し、日本のどこかに安置したと考えられることです。その不思議な光景に人々の目が釘付けになり、いつの間にか陸海両方で、神輿を担ぐ祭りが全国的に普及したのでしょう。

 祇園祭のルーツに洪水が絡んでいることはこれで明らかです。山に降り立った7月17日、ノアは山上にて神を礼拝しましたが、イスラエルではこの日をシオン祭として祝うようになり、日本では祇園祭りが広まりました。ヘブライ語でシオンという言葉は実際にはズィオンと発音されるため、それが日本では祇園祭と呼ばれるようになった所以です。


(文・中島尚彦)
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