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コラム 09月15日更新

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日本とユダヤのハーモニー

第7章 イザヤ書に潜むイスラエル部族の行方

イザヤ書

 紀元前8世紀、国家の崩壊を目前にしたイスラエルの10部族と南ユダ王国2部族に対し、預言者イザヤはユダ王国の首都、エルサレムから南北の同朋に対して警告のメッセージを投げかけていました。
 66章からなるイザヤ書の前半39章にはこの緊迫した時代を背景に大胆な予言が綴られており、その殆どが国家の崩壊に象徴される神の裁きについての記述です。しかし所々に希望と救いのメッセージが書かれていることも見逃せません。アッシリア帝国による侵略の恐怖にさらされる中、神の御告げを信じ、救いを求めた民がイザヤの言葉をどのように受け止めたのでしょうか。
 まず救いのメッセージが「遊牧」と関わっていることに着眼してみました。イザヤの子供は、神は私たちとともにおられるという意味を持つ「インマヌエル」(7章14節)とも呼ばれました。この名前は救世主の代名詞としてよく用いられている言葉です。この「インマヌエル」が幼少期に「凝乳と蜂蜜を食べる」と記されているのです。更に7章21〜22節には神の救いに預かった残留者の群れが牛と羊の乳に恵まれる予言が書かれています。当時の食料事情がすでに困難を極めていたことから察するに、イスラエルの民は国家を脱出した後、東方の遊牧地帯を目指して進み、そこでインマヌエルが育まれたと考えられます。
 またこの子供には「速やかな略奪と捕獲」という戦争における勝利の略奪を示す名も与えられました(8章1節)。無論この名前は聖書に解説されてある通り、被征服者である北イスラエル王国がアッシリアによって早急に占領されることを意味しています。しかし同時にイスラエルの救いを実現するための方法論を説いた言葉でもあるのです。「国々の民よ、打ち破られてわななけ!」(8章9節)とあるように、インマヌエルの群れは行き着く所どこでも速やかに相手を征服することができると信じられたのでしょう。その結果、国を脱出したイスラエルの民は遊牧民族として牛や羊を飼いながらイザヤの予言に従って略奪と捕獲を繰り返しながら東へ進軍する騎馬民族に変貌していったと考えられます。
 「速やかな略奪と捕獲」にはもう一つの意味がありそうです。前述した通り国家が崩壊する直前、エルサレムの宮殿で仕えていたイザヤは東の国々、海の島々(24章15節)に救いがあることを悟り、自分の子供をイザヤの家来と共に旅立たせたと考えられます。その際、国家の崩壊を事前に察知していたイザヤは国宝である契約の箱と神器をエルサレム神殿から密かに持ち出して一行と共に移動させた可能性が高いのではないでしょうか。だからこそ「この民が謀反と呼ぶことをみな、謀反と呼ぶな」(8章12節)と書かれてあり、この事実は隠蔽されてしまったと推測することができます。(8章16節)。
 北のイスラエル王国の壊滅後、大勢の民は周辺の遊牧民族に同化して騎馬民族の歴史を造っていきました。その結果、イスラエルの10部族は前8世紀に歴史から消えてしまいました。しかし、もしインマヌエルに同行した精鋭部隊が、本当に日本の地までイスラエルの国宝と共にたどり着いたとするならば、イスラエル民族の軌跡を日本の文化の中にかい間見ることができるはずです。その謎を解く鍵がイザヤの子供にあったのです。


(文・中島尚彦)
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