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いろは歌が語る古代日本の謎
第9回 〜巌に潜む空海の息吹〜
 今回は右上角から下へ飛び石に読むことのできる「いわおとなて」を解読してみましょう。いろは歌図日本人なら誰もが知っているこのフレーズは、日本の国歌として使われる『君が代』の歌詞に含まれている一句であり、君主の世が小さな石から大きな岩となり、永遠にその繁栄が続くことを願うという意味が一般的な解釈です。しかし「いわおとなりて」が「岩音鳴りて」等と間違って解釈されている場合も多く、君が代の歌詞は多少なりとも謎めいたものがあります。例えば、何故君主を最初は細石という小さい石で表現し、石が進化して岩にならなければならないか疑問に思えます。また苔のむすまで、という表現はお世辞でも綺麗とは言えません。また「いわおとなりて」を「いろは歌」の折句と共有しているのも偶然の一致ではないかもしれません。
君が代の歌詞は平安時代中期、およそ一〇一三年ごろに歌人藤原公任によって編纂された『和漢朗詠集』やその後の『古今和歌集』に由来しており、元は三番まである長い詩の一部を抜粋して歌にしました。朗詠集は和歌と漢詩文から成り立っており、空海弘法大師と同様に大陸文化の影響を多大に受けています。そして「いろは歌」の折句が五七五七七調であるように『君が代』の詩も数えてみると五七五七七調になっているのです(「石」は一言と解釈する)。歌の句調が同じだけでなく、「巌となりて」という言葉を共有すること自体、「いろは歌」の折句から一部引用された可能性があり、更に空海の作品である可能性もあります。それ故、古今和歌集の編集者はその事実を公にすることができずに「題知らず、讀人知らず」と介したのではないでしょうか。
また「君が代」という言葉は、朗詠集や和歌集においては「我が君は」と書かれているため、後に「君が代は」に改竄したものと一般的に言われています。しかし「我が君は」の方が詩の流れをよりスムースに解釈できるため、原文に含まれている「君が代」を改竄して「我が君は」とし、朗詠集及び和歌集に収めたと解釈するのが妥当です。詩というものは時を経てより滑らかになっていくものです。ということは朗詠集以前にその原文となる歌があったということであり、そこに空海がからんでいるように思えてくるのです。
さて難しい話はそこまでにして「巌となりて」のみに焦点をあててみましょう。巌という言葉は元は「いはほ」と呼ばれ、大きな岩という意味だけでなく、「巌の中」は仏教において死や宿悪のわざわいを避ける場所と考えられています。同様にユダヤ、キリスト教において岩は神の救い、もしくは神の象徴を意味している言葉です(サムエル上二章二節、詩篇二八章一節)。そして新約聖書においてイエス・キリストは「岩」と呼ばれ(第一コリント十章四節)それが「岩なるイエス」と呼ばれる所以です。それ故、「いろは歌」の「巌」は折句の中心メッセージである角文字の「イエス」に関連して書かれたと解釈するのが自然です。また「いはほ」は聖書において神を表す子音「YHWH」とほぼ同等な為、岩なる神を意味する言葉としてYHWHを語源として生まれた言葉である可能性もあります。
更に「いわおとなりて」は聖書の原語であるヘブライ語で次のように解読できるのです。「」これは「完結した印を告げるだろう」という意味の文章です。実際に「君が代」は最初から終わりまでヘブライ語で読み通すことができ、その内容たるや、「いろは歌」の折句と同様に日本語では「巌」となった君を称え、原語のヘブライ語ではヤアエの神とイエスを讃美しているのです。この不思議を見出すことによって、日本語、及び日本の古代史に対する理解が大幅に変る時がくるかもしれません。

 

(文 中島尚彦)
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