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いろは歌が語る古代日本の謎
第2回 〜弘法大師が「いろは歌」の作者か〜

いろは歌は「七五調四句」を使った大変リズミカル いろは歌が語る古代日本の謎いろは歌の著者は伝統的に弘法大師が平安時代に書いたものと言い伝えられてきました。ところが最近の学説によるとその伝統的見解を否定するものが目立ち始めています。そこでいろは歌を研究するにあたって、まずその著者が誰であったか、ということを検証しましょう。

「いろは歌」は弘法大師こと空海(774ー835)が書かれた母字歌とごく一般的に言われています。その根拠として鎌倉時代末期の作品である「釈日本紀」、「源氏物語河海抄」(巻12)、「高谷日記」、「江談抄」(ゴウダンショウ)等、の文献に弘法大師が「いろは歌」を書いたことを示唆する記述があります。また空海が「いろは歌」の著者ではあるが、共著した詩人が複数いるという説もあります。その根拠の一例に護名という詩人が始めの二句を書いたことが記されている「古今序註四」が挙げられます。また空海の師である勧操も著作に関わっていると唱える学者もおります。いずれにせよ超人的な知識と知恵を必要とする「いろは歌」でありますから、空海に付き添って多少の編集を加えた者がいたと仮定しても何ら不思議はないでしょう。

しかしここ最近の学説では空海説を否定する見解が登場し、特に「いろは歌」に隠されている暗号文の解読を根拠に、そのメッセージを分析して作者を見出そうとしています。すなわち7×7の升目に入れたいろは歌に含まれている「咎無くて死す」という怨念とも思われる折句を解明するわけです。そこで当時罪なくして死んだ詩人に作者を限定し、尚且つ万葉集といろは歌の共通点を見出していくうちに、万葉集の編集者であった柿本人麻呂説等が浮上してくるわけです。このような議論の延長線として空海説が否定され始め、現在では「いろは歌」の作者は空海ではなく、別の詩人が平安時代に書いたものであるという学説がごく一般的になりました。その理由として「いろは歌」を空海の作とする文献が空海の死後250年以上経ったものであるため信憑性に欠けているとか、空海の時代には区別されていたア行とヤ行の「エ」が「いろは歌」では区別されていない、また歌の句調が空海の時代のものににそぐわない等、各種議論が掲げられています。しかしこれらの学説のどれもまた決定的根拠に乏しいものであり、推測の域を出ていないのというのが現実です。いろはの図

特に空海の時代における歌謡の句調と「いろは歌」の句調が著しく違うために空海の作ではないという見解に結びつけることには大きな落とし穴があります。確かに空海の時代には五七調四句、または五七五七七の短歌が一般的であり、いろは歌で使われている和讃式七五調四句とは一見してリズムが違うため、時代錯誤という理由で「いろは歌」の作者は空海ではない、と考えてしまいがちです。しかしながら、これら句調の違いを唱える学者は「いろは歌」が折句と呼ばれる暗号文であることを見落としてしまっているのです。すなわち「いろは歌」は表面上、確かに七五調四句となっていますが、暗号文として升目の字を読み込んでいくとそこには空海の時代において主流となっていた五七調四句の流れとなるメッセージが含まれているのです。そして「いろは歌」に秘められている折句を読み込んでいきながらその暗号文に隠されている複数のメッセージを解読することにより、初めて作者の背景や意図が見えてくるのです。


そこで「いろは歌」の原点に戻り、暗号文の解読をするために7×7の升目に歌を入れてみると、すぐに気が付くのがいろは歌の角3点、及び、下段一列を用いて形成されている2つの中心的メッセージです。それは「イエス」「トガナクテシス」というキリスト教の影響を受けたとも思える折句です。それだけではなく、「いろは歌」に隠されている他の折句を解読していきますと、そこには旧約・新約聖書に書かれているヤーウェーの神に関する文脈と思われる記述が重なっているのです!

この事実から察するに、「いろは歌」の著者は平安初期当時、まだ日本国には全く伝わっていなかったはずのキリスト教、及び聖書に書かれているメッセージを何らかの理由で知り得た人物に断定することができます。そう考えると答えが明確になってきます。すなわち「いろは歌」の著者は弘法大師こと空海以外には考えられないのです。信仰の奥義を学ぶため中国に旅立った空海はそこで当時キリスト教の一派であるネストリウス派の教義に触れる機会に恵まれ、聖書を学んできていることは周知の事実であります。そこで悟った教えを折句として母字歌にまとめたのが「いろは歌」なのです。そしてこの「いろは歌」を唱えることにより、読者が何時の間にか空海の目指した信仰の道に引き込まれていき、神の神秘に触れる機会を与えられるようになることを空海は願い求めたのではないでしょうか。その結果が後の日の真言密教へと発展していったと思われます。

信仰心に関わる真理を複数の折句としてたった47文字の母字歌にまとめることは、天文学的知恵を絞らなければ完成させることは出来ません。しかしそれを古代日本で実現したのが「いろは歌」であり、多数の古代文献に記載されている通り、この「いろは歌」こそ日本国が生んだ史上最高の詩人であり宗教学者である空海弘法大師が書いた作品であると推察できます。

 

 

 

(文 中島尚彦)
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