成田シティージャーナル===============
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米国全寮制ミドルスクール諸事情
PART II 大自然の中で育まれた広大なキャンパスに驚嘆 !

 ボストンマラソンを完走して帰国したばかりの2週間後、再びボストンに、小学校5年生の長男と一緒に旅立ちました。昼と夜が全くひっくり返るという極度の時差ぼけを覚悟の上で、3泊4日の強行スケジュールで、米国ニューイングランド地域の4州を車で移動しながら、5つの全寮制ミドルスクールを受験面接のために訪問することにしたのです。海外を旅回るのに慣れている筆者にとっても、時差ボケが直らない状態で再び渡米し、車で長旅をすることは、居眠り運転の恐怖と眠気を我慢しながらの運転は大変つらいことです。それを覚悟の上で旅立つ決意をしました。

18万坪の敷地を持つ学校

 最初に訪ねた学校は、男女共学のRumsey Hall Schoolです。コネチカット州のバークシャイアーと呼ばれる人口4000人の小さな村の一角に学校のキャンパスがあります。そこに広がる素朴で美しいキャンパスは、まるで、のどかな田舎の湖畔に建てられた巨大な別荘地のようです。そして驚いたことに、校舎の敷地が何と147エーカー、つまり60万平方メートル(18万坪)もあるのです。アメリカの全寮制ミドルスクールが保有する敷地面積の平均値は150エーカーと言われていますが、これだけの広大な土地を持っていても、それが「ごく当たり前」の平均値でしかないということに、アメリカ大陸の壮大さを再認識しました。

日本人留学生が優遇される訳

 年季の入ったキャビン風の小奇麗な建物の中に入ると、そこは大邸宅のリビングルームのようであり、学校の受付とは思えない優雅な雰囲気が漂っていました。その受付で名前を言うと、すぐに応接室に子供と一緒に案内され、暫くすると、蝶ネクタイをした紳士風のディレクターが、笑顔で「ウェルカム!」と挨拶しながら部屋に入ってきました。米国におけるミドルスクールの受験は、特に日本のような筆記試験は無く、あくまで学校の成績と推薦状、本人の作文、そして、この親子面接が決め手となるため、緊張感が漂います。 しかしながら、そんな心配は無用でした。当初から、ディレクターの暖かい笑顔に満ちた言葉の中に、是非ともこの学校に決めてもらいたいという熱心な思いを感じることができたのです。というのも、東海岸の全寮制ミドルスクールには日本人が殆どいないため、いつの間にか、日本人留学生は、学校側から求められる存在になっていたのです。しかも隣接するマサチューセッツ州ボストンを拠点とする野球チーム、レッドソックスには、昨今大活躍している松坂投手と岡島投手が所属していることもあり、地域一体に親日ムードが漂っているように見受けられます。今や、「ダイスケ!」という名前を知らない人はなく、彼らの活躍のおかげで、日本人の株が急上昇した感があります。

目玉が飛び出す程の高額な授業料

 米国の全寮制ミドルスクールに、日本からの留学生が少ないのには訳があります。つまるところ、学費と寮費があまりに高額であるため、行きたくても敬遠せざるをえないという現実問題があります。その学費は、2008年度の全国平均値が、およそ年間2万1千ドルと試算されています。それに寮生活にかかる費用を足すと、合計で3万8000ドルになります。しかもこの数字には生活諸経費や、小遣いが入っていません。結果として子供一人をミドルスクールに送ると、年間で4万ドルはかかることになり、1ドルが125円ならば500万円、90円としても360万円となります。子供の学費とは言え、毎年4-500万円もの負担を強いられては、家計を圧迫しかねません。 ところが不思議なことに、お隣の国、韓国からアメリカに渡る留学生は増え続け、これらミドルスクールの多くは今日、大勢の韓国人留学生、もしくは2世の子供達で賑わっています。何故でしょうか?最終的に帰国することを前提に渡米する場合が殆どの日本人家族とは異なり、韓国人の場合は、あくまで米国に移住することを目的としている方が大半であり、会社経営者、医者、弁護士等の資産家が、その多くを占めているからです。それ故、その経済力に物を言わせ、子供達を全寮制の学校に送り込んでいるのです。

キャンパスツアーで目にした夢の施設

 ディレクターと笑顔の会話が続く中、その先生が子供に一生懸命に語りかけたメッセージが、「Are you nervous?」「I am nervous, too」でした。「お互い緊張しているけど、でも、だいじょうぶ」という前向きな気持ちがとても良く表れており、笑顔で面接を終えることができました。その直後、日本語を多少話すことができる日系人の生徒が、キャンパス内を案内してくれることになりました。二階建ての落ち着いた洋風屋敷を一歩、表に出てキャンパス内を歩き始めると、そこにはちょっとした町並みのようにも思える程の大きな戸建ての家が立ち並んでおり、それらが学校の校舎や寮に改造されて、上手に利用されていました。 また、野球場、アメフト、サッカー等、合計7つもある運動フィールドにも案内され、広大な敷地に広がる147エーカーの凄みを、目の当たりにすることができました。こんな大自然の中で、10代前半の力溢れる子供たちが、思う存分運動し、遊ぶことができること自体、素晴らしいことです。 このような優雅な施設を誇る学校だからこそ、あらゆるスポーツや音楽、芸術活動において、有能な生徒がいれば、学校側はあらゆる努力を惜しまず、その生徒の才能が開花するよう、日々のプライベートレッスンを含め、可能な限りの配慮をしてくれるようです。テニスが大好きで、35年前にアメリカにテニス留学をした筆者にとっては、夢のような学校であり、できる事ならもう一度生まれ変わり、このインドア・テニスコートで日々、練習にふけりたいという思いに浸ってしまいました。 キャンパスのツアーが終わった後、再度、ディレクターと面接する時間を持ち、今度は子供だけ個別に一人で先生と部屋に入り、簡単な口頭試験と面接の時間を持ちました。長男は当時小学校5年生になったばかりでしたが、東京でインターナショナルスクールに1年少々通っていたこともあり、多少なりとも英語が理解できるようになっていたので、かろうじて、面接を英語で、しかも一人で受けることができました。

美術と音楽に長けた大自然の中の学校

 Rumsey Hallを後にし、次に訪ねた学校は、Indian Mountain School(IMS)です。同じくコネチカット州でも西の端、ニューヨーク州寄りの丘陵に位置し、目の前に広がる美しい山々のパノラマビューがとても素敵な学校です。建物の中に入ると、ロビーの奥に大きなソファが置いてあるリビングルームがあり、そのソファに座りながら、2人の先生と一緒に面接を受けることになりました。面接というと、何かお堅い質疑応答を考えがちですが、そのような堅苦しいものではなく、お互いが自己紹介をして、ざっくばらんに色々なことを雑談も含めて話し合いながら、理解を深めるのがその主旨です。そして途中から、個人面接と簡単な筆記試験を受けるために子供だけが席をはずし、20分程でしょうか、最後は笑顔で戻ってきました。その後は、お決まりのキャンパスツアーであり、校舎の向こうに聳え立つ山々を見上げながら、すがすがしい空気を胸いっぱい吸って、キャンパス内を散策します。限られた時間ではありましたが、大自然と学校キャンパスのコラボレーションを十分に、満喫することができました。 IMSで感心したのは、学校が年を追うたびに増築されながらも、そのメインとなる校舎周辺に散在する食堂や図書館、教室、そして宿舎までが、全て屋内の通路で繋がっていることです。そうすることにより、例え零下十数度まで冷え込む極寒の日であっても、野外に出ることなく、屋内の通路を利用するだけで、どこへでも行き来することができます。寮がある宿舎のドアから出て、すぐ正面の通路を数メートル行くと、美術の教室と図書館があり、その通路向かいには食堂があり、更にその向こうに教室が並んでいる、といった具合です。このような環境下で、クラスメートと共同生活を営むことが、寮生活の醍醐味ではないでしょうか。 特筆すべきはIMSの美術と音楽に対するこだわりです。音楽の授業では、クラシックからロックバンドのアンサンブル演奏まで選択科目の中に含まれており、ツアーで見学した際には、ちょうどロックバンドが大きな音を立てて練習していました。学校の授業で、ロックバンドの練習ができるなど、夢のようです。無論、個室の練習スペースも充実しており、ピアノ、バイオリン、ドラムを始め、何でも思う存分、気兼ねなく練習できます。こと美術に関しては、絵画、油絵、陶芸、木工など、多種多様の芸術作品に力を入れているようであり、美術ルームが大変広いこともあり、落ち着いて製作に取り組みながら、作品の完成に向けて専念できるように配慮されています。また、校内の通路、至るところに素晴らしい出来栄えの作品が多数展示されており、完成度の高さと教育に対する熱意を垣間見ることができます。

都会の教育現場との大きな違いに、ただ唖然

  数年前に長男が通っていたインターナショナル・スクールは、東京の池袋駅から徒歩5分の場所にありました。無論、交通の便は良いのですが、JR駅から至近距離ということもあり、学校には樹木や庭さえも無く、そこは、ただ単にオフィスビルに囲まれた教育の現場でした。また、体育館はビルの1階をバスケットボール・コートに改善して利用するだけに止まり、その他、運動施設は一切無かったのです。子供たちが、1日の大半をビルの中にこもっている現実を目の当たりにしてきたからこそ、米国ミドルスクールの教育現場は、正に目から鱗でした。確かにそこには繁華街も無く、ふらっと本屋で立ち読みをすることもできません。しかし、そこにはすがすがしい空気と緑に囲まれた大自然があり、自然界の恩恵を、そのまま体で受けとめることができる生活環境があります。大自然の中で育まれた教育現場が羨ましくてならないこの頃です。(続く)

(文:中島尚彦)

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成田グルメNAVI第42回
活気溢れるスピード中華「紅虎餃子房」

  公津の杜、駅近くにある八つ葉ラーメンが人気だ。4席のテーブルが2つと、カウンター8席ながら、店内は小奇麗でゆとりがある。メニューはいたってシンプルで、食券を購入する。八つ葉、豚骨魚介、塩、つけ麺、そして冬場のみ、ちょい辛みそ、そしてチャーシュー3枚入りの2種類、合わせて7種類のラーメンから選ぶ。
まず豚骨魚介ラーメンを試食。かつおぶしや、魚介の風味をベースにした濃厚な豚骨スープは独特な風味が漂い、そこに適度に茹でられた麺と、新鮮で長いフレッシュなメンマ、厚切りのチャーシューとねぎ、野菜がつく。もう少しスープは熱い方が良い。八つ葉ラーメンも、だしをふんだんに使い、ナッツをまぶしてユニークな味のスープに仕上げた逸品だ。豚骨と塩と醤油ラーメンの中間をとろとろにした感じが面白い。冬場のみのちょい辛みそラーメンは、真っ赤な辛味スパイスがかけられている割には思ったより辛くない。味噌と言う割には、スープのベースは豚骨で、かなりこってりとしている。スープが美味しいのでついつい飲みすぎてしまいそうだ。
 こってりした豚骨スープが好みならば迷わず行くことを薦めるが、飲みほしたいスープの塩分とカロリーには気をつけなければ常連にはなれない。

Big Boy
成田市公津の杜1-2-12
TEL0476-27-8285

総合評価★★★★☆

(文:中島尚彦)

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まつもとゆきひろの 愛と青春のアコースティックギター
〈第10回〉プロの演奏

 最近はインターネットや携帯でコンサートのチケットが簡単に手に入りますが、80年代、チケットは「並んで買う」のが当たり前でした。発売日には徹夜で並び、念願のチケットを手に入れたものです。当時我々フォーク少年を熱狂させていたのが、チャゲ&飛鳥。まだC&Aではない頃です。デビュー間もない彼らの演奏は今ほど洗練されてはいませんでしたが、熱い想いが伝わってくる素晴しいステージでした。初めて観るプロの演奏に大興奮!どんな風にギターを弾いているのか、どんな楽器を使っているのか、興味津々です。そこである発見をしました。チャゲと飛鳥の弾いているアコースティックギターは、マイクから離れてもちゃんと音が出ていたのです…。つづく

【今月の1本】

OVATION Custom Legend 1719-5 1992年代 生産完了
表板:スプルース単板、サイド&バック:リラコード
ネック:マホガニー/メイプル 5P、指板:エボニー、ブリッジ:ローズウッド
※ポール・サイモンに憧れて手に入れた1本。ブラック塗装にアバロン貝の装飾が豪華です。


(文:まつもとゆきひろ)
成田在住のアコギマニア。自宅には数十本のアコースティックギターがひしめいている。
現在も首都圏を中心に全国ライブ活動中。


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日本とユダヤのハーモニー
「かごめかごめ」の真相にせまる パート6
第37章 剣山に埋蔵されたユダヤの秘宝

 ヘブライ語と日本語を巧みにブレンドした「かごめかごめ」の作者は、語学の達人、空海弘法大師である可能性が極めて高いと言えます。空海は四国に生まれ育ち、遣唐使として中国へ渡った際、ネストリウス派のキリスト教を学び、ヘブライ語を習得したと考えられます。また空海が行脚した四国の巡礼場所は、四国をほぼ一周する遍路で結ばれた「四国八十八箇所」となり、これら空海ゆかりの聖地も、ユダヤ、及び「かごめかごめ」の歌と不思議な繋がりがあるようです。  まず注目すべきは88という数字です。一般的に「八十八箇所」は、88の煩悩を消し去り、88の徳を成就するという意味に捉えられているようです。しかし「8」の音読みである「ヤ」はヘブライ語で神を意味し、その8を重ねることにより、八重(ヤエ)、つまりヘブライ語での「神」となります。しかも日本語では幾重にも覆われて隠れてしまう、というニュアンスが含まれている為、「八十八」は「神を隠す」と解釈できます。それを更に明確に表現した言葉が「八重桜」であり、この言葉の読みはヘブライ語で「神隠し」を意味します。おそらく空海は、密かに安置された神器を、八十八箇所の霊場を結ぶ動線によって包囲し、歩く旅路を遍路と定め、尚且つ、秘宝の隠し場所は、人気のない僻地、すなわち山の奥地を選んだのでしょう。
 まず注目すべきは88という数字です。一般的に「八十八箇所」は、88の煩悩を消し去り、88の徳を成就するという意味に捉えられているようです。しかし「8」の音読みである「ヤ」はヘブライ語で神を意味し、その8を重ねることにより、八重(ヤエ)、つまりヘブライ語での「神」となります。しかも日本語では幾重にも覆われて隠れてしまう、というニュアンスが含まれている為、「八十八」は「神を隠す」と解釈できます。それを更に明確に表現した言葉が「八重桜」であり、この言葉の読みはヘブライ語で「神隠し」を意味します。おそらく空海は、密かに安置された神器を、八十八箇所の霊場を結ぶ動線によって包囲し、歩く旅路を遍路と定め、尚且つ、秘宝の隠し場所は、人気のない僻地、すなわち山の奥地を選んだのでしょう。
 しかも剣山には元来、鶴石、亀石、そして宝蔵石と呼ばれる3つの大きな岩石がその頂上に存在し、山自体が「鶴亀山」とも呼ばれていたのです。更に、「かごめかごめ」のヘブライ語訳と旧約聖書のイザヤ書から、秘宝が隠された場所は、人為的に水を引いた溜池のある、人里離れた山地であると推測できますが、剣山の周辺からは水が沸き出でており、山の頂上がおよそ平坦になっているという不自然な地形から、剣山には人の手が加えられ、そのどこかに人工の溜池が潜んでいる可能性が高いのです。
西アジアにおいて、大切なものを温存する場所の下に水を引くことは、めずらしいことではなかったようです。エジプトの三大ピラミッドには参道の地下へ繋がるオシリス・シャフトと呼ばれる墓の縦穴があり、最下層には大きな水貯めのある広いスペースがあります。同様にユダヤの秘宝も、人工的に水が引かれた山上付近の地下室に隠された可能性があり、そこに「お守りの形」にすり替えられた石像が目印として置かれたことを、「かごめかごめ」はヘブライ語で歌ったのではないでしょうか。
火の無い所に煙は立たずという諺がありますが、剣山にユダヤの秘宝が今も、眠っている可能性はもはや簡単に否定できません。空海の故郷に聳え立つ剣山は神隠しの象徴であり、鶴と亀という「お守り」の岩によって、今でも神の秘宝を守護しているのです。


(文:中島尚彦)

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かもねぎのCOME ON MUSIC ! !
VOL.83 出会いに感謝 ! !

 どうも ! ! 2009年がやってまいりました ! ! 今年もよろしくお願いいたします。さて今回は2008年に知り合った様々な方との思い出などを綴ってみたいと思います。

*なぎら健壱さん*
3月にNHKオールディーズ天国という番組に出演したときの司会でお会いしました。ご本人はフォーク、料理、下町、カメラなど様々なことに造詣が深く、ものすごいオーラを発していました。ナッシュビルでなぎらさんにお土産買ってたのですが、渡せずじまい…。

*TOSHI NAGAIさん*
中島淳一さんの一人芝居を観劇したときにご挨拶させて頂きました。GLAYや氷室京介のドラマーとして有名ですが、この人のブログは凄い。毎日練習しかしてない。トッププロってこうなのね、というお手本でございます。さらりと書いているけど、相当な練習量の模様。練習量を自慢したり、逆に練習不足を嘆くミュージシャンが多い中でこれは鏡であり励みになります。

*中村中*
中と久しぶりに会いまして、短い時間ですが、話もできました。やっぱこの寒い季節、中の曲「裸電球」はいいねぇー、トレモロエフェクトが冬です。本来トレモロは夏のエフェクトのイメージがあるのですが、暖かい、おでんのような、シチューのような、熱燗のようなエフェクト。それがトレモロです。

*三宅伸治さん*
ご存知ロケンローの三宅さん。ギターを普通に弾いて、普通に上手かった。さすがです。でもこれが大事。人はそれをツボと呼ぶのです。

*IWAOさん*
ウクレレマンIWAOさんにも色々とお世話になりました。しかしこの人のウクレレは凄い。まるでウクレレじゃないみたいに凄い(なんのこっちゃ)。時に激しく、時に癒し。こんなに小さい楽器から、たくさんの音があふれ出ます。う〜ん、だから楽器は面白い。

*秋山涼子さん*
ご縁があり知り合った、プロの演歌歌手。先日カラオケ雑誌のランキングにも名を載せてらっしゃいました ! 日本全国津々浦々でご活躍!2009年もまた成田に来てください ! !

 音楽系の出会いが中心ですね。またジャーナリストや画家など異文化の方とも交流を持ちたいです。それにはやはり「書を捨てよ、町に出よう」ですな。実はもともとインドア志向なのですが、外に出て、いろいろな人と出会い、体感するのが一番ですね。思い立ったが吉日、2009年もアグレッシブにがんばります!!

ギタリスト加茂尚弘
連絡先 0476-24-6777(ネットハウス)
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AkemiのHULA日和
第3回 Spirit of Hokule`a〜ホクレア号〜

 みなさん、Aloha(アロハ) ! 昔から日本はハワイと深い関わりを持ってきました。1881年にカラカウア王が日本を訪れ、そこから移民の歴史が始まり、日系人や日本文化がハワイに与えた影響は大きなものがあります。ほとんどの日本人移民が農園労働者として働いていましたが、彼らが日本から持参した着物を着古し、擦り切れてもなお有効に活用する為に、使える部分を仕立て直して子供に着せたのがアロハシャツの起源だろうと言われています。そして今、ハワイの日系人は既に5 世の時代に入っていますが、日本の血を引くハワイの人の多くは「自分のルーツ」へのこだわりと深い想いを持っています。

一昨年6 月9 日横浜港に古代式航海カヌー・ホクレア号が来航しました。古代ポリネシア人は航海計器や海図も使わずに「スターナビゲーション」という航海術で海を行き来していました。「スターナビゲーション」というのは、星・月・太陽といった天体の様子から船の現在位置や進路を割り出し、海の状況や波、風や雲から天候を予測、そして海鳥の姿から島のある位置を読み、自然環境全てを利用して航海する方法です。この古代カヌーの再現はハワイの人々にとって古代ポリネシア人の歴史の事実を明らかにする為の希望と誇りの証でした。1974年に建造が始まり、1976年ハワイ→タヒチ→ハワイの旅を成功させ、その後30年の間に7 回の航海で10万マイルを超え、およそ地球4 周分の距離を旅しました。ホクレア号はハワイ語で「Hoku」(星)「Le`a」(喜び)、つまり「喜びの星」という意味です。今回日本に来ることになった目的の一つとして、現在のハワイを築き上げたのは日系人の多大なる貢献のお陰によるものとして、日本から移民を乗せた船が出港した港を辿って、すなわち多くの移民の出身地である沖縄→熊本→長崎→福岡→山口→広島→横浜を巡ってきました。そしてその内のひとつ愛媛宇和島では「えひめ丸」の事故の慰問という意味もありました。「えひめ丸」の事故後、事故現場に遺族をお連れしたのもホクレア号でした。1月11日にハワイを出港し、ミクロネシアを経由して149日間の航海を終え、ホクレア号は横浜港から日本の貨物船で無事にハワイに戻りました。初航海時、スターナビゲーションの伝承者はハワイを含むポリネシア圏には残っていなかった為、ミクロネシアに数名存在していたうちのマウ・ピアイルグ氏がこの壮大なプロジェクトに参加されました。雲に覆われ何も見えなくなった空でも「星や月を心の目で見る」という魂の航海術を当時25歳のハワイの若者ナイノア・トンプソン氏に20年掛けて引き継がれ、途絶えかけていた伝統継承の道が蘇りました。近代科学を遥かに超えた古代ポリネシア人の驚異的な航海術と強靭な精神力はホクレア号の再現により「歴史的事実の検証」から「民族の誇りと伝統文化の継承」へと広がりました。遥か昔から自然と人間の力だけでこうした偉業を成し遂げているという事は何か神がかり的なものを感ぜずにはいられません。

  数年前マウイ島のクムフラ(フラの先生)で歌手でもあるウルベヒ・グレロ氏に「E Aloha E」という曲を習いました。この曲はホクレア号に深く携わっているケリィ・タウア氏がタヒチへ向うホクレア号に乗っていた時に、赤道付近でアメリカ宇宙基地NASA から打ち上げられたスペースシャトルがちょうど上空を飛んでいたのを見て、超未来型の船と古代伝統船がともに「星」をめざして飛んでいるということに感動し、お互いに空と海とで「ALOHA」を交信した様子を詩にしたものです。ローランド・カジメロ氏が作曲を、そしてウルベヒ氏がアレンジして歌い、振付したフラを教えて下さいました。自然界・大宇宙の広大なロマンに言いようの無い胸の高まりを覚えました。

■Akemiのちょこっとコーナー

アロハタワーのすぐ近くにあるハワイに関連する歴史と文化に焦点を当てた博物館。世界最古の帆船をはじめ、ホクレア号に関する展示も充実しています。またここはホクレア号のオアフ島における拠点でもあるため、隣接するハーバーにホクレア号が停泊していることもあります。

*PROFILE*
Akemi現在、東京のHalau(Hula の教室) 所属。成田ガーデンホテル、ヒルトン成田、Hawaiian Night出演中。

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未病を治す 横山瑞生
第50回 自分の健康は自分で守る

 中国では古くから、事象や物事を二分割したり三分割して論ずることがしばしば行われています。陰陽、天地そして天地人、上中下などは普遍的に用いられています。
 中国の伝統医学(漢方)でも、人体を三つに分けて論じられています。これを総して三焦といいます。
 横隔膜より上位を上焦、横隔膜より下部で臍との間を中焦、臍より下部を下焦と命名されています。上焦には心と肺が、中焦には脾と胃が、下焦には腎・膀胱、肝などが位していると考えられています。
 今回は下焦に焦点を当てて考えてみたいと思います。
 下焦で最も重要な臓腑は腎です。伝統医学では腎臓という言い方はあまり使われません。何となれば腎臓といえば、血液から不要物質を浸透圧を通して、尿を生成し、その尿を輸尿管を経て膀胱に送るのが主なはたらきです。
 中国の伝統医学では腎の下に臓を付けないことでもっと広い意義を持たせるのです。
 腎は生殖器の機能、はたらきに重要な役目を負っているのです。
 中国医学は伝統医学、体験医学、実践医学など、いろいろの言語で表現されます。こうするとこうなる。あゝしたら、あゝなったという、長い歴史を重ねて、今日に至りました。
 今日の物象は自然科学を通して発展、理論づけが行われています。
 私が漢方、つまり漢方薬療法や鍼(はり)・灸療法を学んでいる頃、東京大学の教授は臆面もなく“漢方医学は非科学である”と医療の専門雑誌に語っていたのです。丁度その雑誌に私も何回か記事を掲載していました。そして、その教授に反論したことが今、この原稿を書いているうちに鮮やかに思い出されます。“漢方は決して非科学的ではない。未科学なのだ”と。あの時から、三十有余年を経て、漢方薬剤・処方、経穴(ツボ)の作用が次々と科学の洗礼を受けて、明確な因果関係が証明されつゝあります。
 はたまた、前置きが長くなってしまいました。
 次号からは具体的な“性”に関する記事を書かせて頂きたいと考えています。インポテンツ、不感症、不妊症、生理不順、生理痛などなど。現代人は意外と“性”に頓着しないのに驚きます。“性”は生きる縁(よすが)であるはずなのですけれども。  

PROFILE
横山 瑞生
(よこやま ずいしょう)
1939年
茨城県常陸大宮市に生れる。
1964年
東京高等鍼灸学校卒業、在学中から大塚敬節氏に師事し漢方を学ぶ、後小川晴通氏に師事し鍼灸を学ぶ。
1971年
中国医学研究協会設立に参画。
1973年
中華医学会の招聘で訪中、鍼麻酔、耳鍼療法学など我国に最初に紹介した1人。現在、日本東洋医学会会員、日中医療普及協会会長、新宿鍼灸師会会長、日本ホリスティック医学協会常任理事、一本堂鍼灸療院院長などの傍ら国内外の後進の指導に当たる。
著訳書
『カラー版鍼灸解剖図』『最新中医針灸穴位掛図』『針灸経穴辞典』『針灸寄穴辞典』『アレルギーはツボで治る』『耳針療法掛図』ほか多数。

連絡先
東京都新宿区本塩町10 四谷エースビル101
一本堂横山鍼灸療院  電話 03(3359)6693