成田シティージャーナル===============
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予防接種の今後を考える
疾病の流行を防ぐ為に、集団予防接種は不可欠!

はしかと破傷風、結核、ポリオ、百日咳、そしてジフテリアの6大感染症により、毎年、世界中で数百万人の子供達が、尊い命を奪われています。その幼児の死亡数は1日5000.7000人とも言われ、今や多くの慈善団体を通じ、予防接種の普及の為、様々な支援が発展途上国に対して行われています。
  ところが日本では、予防接種の在り方が長年論じられている内に、接種を受けていない若者が急増してしまいました。そして昨年、はしかの猛威が世間を賑わせ、今年は収束すると思いきや、関東地方を中心に、未だに患者数が増加傾向にあります。2月までの患者数は既に2200人以上と報告され、年齢別に見ると、10 代の患者がおよそ半分を占めており、患者の大半は、過去にはしかの予防接種を受けてないことが判明しました。相当数の日本人が予防接種の必要性に対して無関心である実態が浮き彫りになったのです。

  およそ近代国家で、はしかが流行するような国は、今時、日本以外、あまりないでしょう。世間の危機意識も相当鈍っているせいか、「はしかが流行!」と聞いても、困ったものだ程度にしか捉えていない方も少なくないようです。年配層の間では、未だに、はしかや水疱瘡等は誰でもかかる当たり前の病気だから、早めにかかった方が良いという声があることからも、予防接種の知識が欠如していることが伺えます。
  実際、日本における予防接種の行政対策は遅れをとっており、国際問題化することさえあります。例えばアメリカの疫病対策センターは、昨年流行したはしかの感染源が、日本から渡米してきた少年野球チームにあったと発表しています。昨今のグローバル社会は、誰でも、どこでも自由に行き来でき、いつまでも日本だけの問題として考えることはできません。また、日本を訪れる人の数も増えてきており、様々な病気への感染リスクも高まってきています。予防接種の徹底は、もはや国家が一丸となって対策に取り組まなければならない重要な課題なのです。

日本が予防接種後進国の理由

  今更ながら、はしかや百日咳が流行して世間を騒がすことなど、国家の恥と言えます。しかし何故、行政側は単なる「お願い」や呼びかけに終始するだけで、集団予防接種を実施しないのでしょうか?その理由は、どうやら予防接種の歴史にあるようです。
  戦後の1948 年、予防接種法が発布されて以来、様々なワクチンが国内で導入されてきました。50 年代では主に結核と日本脳炎、60 年代はポリオに加えインフルエンザ、そして68 年からはDTPワクチンの定期接種も始まりました。ところが1970年の小樽種痘禍事件で、0 歳の幼児が種痘接種により、不全麻痺を含む神経合併症から重篤な後遺症が残ったことが法廷で争われ、原告が勝訴したことを機に、予防接種に対する一種の拒否反応がマスメディア等を介して社会に植えつけられていきました。やがて病気を防ぐために児童全員に予防接種を強制するのは人権問題であるとの批判まで噴出し始めたのです。
  確かに60 年代までのワクチンは全粒子ワクチンと言われ、副作用が生じる可能性があったにも関わらず、行政の対応が不適切な時期がありました。その後、HAワクチンが1972 年に実用化され、副作用の危険も100万分の1という低率であることから世界中に普及し、現在に至っています。ところが日本では1975年、DTPワクチンによる死亡事故が2件発生したことを機に、接種が中止され、集団訴訟が頻繁に起きるようになりました。1981年には副作用の少ないDTa Pが導入され、DTPの定期接種が再開されますが、予防接種には重篤な副作用が生じる可能性が少なからずあることが強調され続け、予防接種全般に対する不信感をマスメディア等が煽ったのです。その結果、80年代以降、ワクチンの摂取率が急激に低下していくことになります。
  1992 年には、MMR 訴訟が起こされ、世界的定番であるMMRワクチンの接種までが中止されてしまいました。MMRは、はしか、おたふくかぜ、風しんを一度の接種で予防できるワクチンとして1989 年より導入されましたが、これも死亡事例が出たことにより、法廷で争われたのです。そして1993年、大阪地裁は予防接種と被害の因果関係を認め、国に過失責任があるという判決を下しました。その後も同様の訴訟が各地で起こされた結果、予防接種に対する不信感を払拭することができないまま世論の影響も受け、予防接種法は余儀なく改正されることになります。

今日の予防接種ルールとは

  予防接種法では、予防接種を行うことが政令で定められている疾病としてジフテリア、百日咳、ポリオ、麻しん、風しん、日本脳炎、破傷風、結核の8 つが掲げられています。これらは一類疾病と呼ばれる重大な伝染病ですが、「個人の発病又はその重症化の防止」を目的とする二類疾病には、インフルエンザも含まれています。予防接種の元来の目的は予防接種法に記載されており、「伝染のおそれがある疾病の発生及びまん延を予防」し、「公衆衛生の向上及び増進に寄与すること」です。それを実行する為の特権として、第三条には「市町村長は…期日又は期間を指定して、予防接種を行わなければならない」と書かれています。また、予防接種法施行令第一条では、皆が接種を受けることを大原則として、定期の予防接種を実施すべき対象者が疾病名ごとに明確に定められています。
  ところが、幾度となく訴訟が繰り返され、予防接種の危険性が設定されていく内に、予防接種であっても、やはり個人の権利を尊重しなければならないという解釈が主流となり、予防接種法が改正されたのです。その結果、今日では接種対象者が予防接種を受ける義務が無くなってしまいました。つまり、以前の集団接種とは全く異なり、予防接種とは希望する人だけが行うという考え方になったのです。これは俗に言う、インフォームド・コンセント、つまり医師の説明を受けた上で、対象者が同意する場合に限り、予防接種を受けるという考え方への方向転換です。

インフォームド・コンセントは必要か?

  社会を脅かす疾病の数々を未然に防ぐ為の予防接種にも関わらず、インフォームド・コンセントの対象となることで、行政指導が曖昧になってしまったようです。受けなくて良いものなら受けない方がよい、という安易な既成概念が広まると同時に記録の保管や接種履歴のチェックもずさんになり、いつしか接種を受けない子供達の数が増大してしまったのです。また、はしかの予防には最低でも2回の接種が必要であることがわかっていますが、2005年までは1度の接種しか行われておらず、現在の小中高校生、大学生の大半が免疫不足となっているのが現実です。つまり、多くの若者が、はしかを発症する可能性を未だに抱えたままなのです。
  今や行政関係者は対策にやっきになっており、国をあげて「予防接種を受けてください!」と、アピールを続け、厚生労働省は文部科学省を介して中高生にも予防接種の必要性を周知徹底し、大学においてはワクチン接種の無料化等で、何とか接種者を増やそうと努力をしています。しかしこのような緊迫した状況下でも、インフォームド・コンセントを前提とした、「個別接種」に頼らざるを得ないのでしょうか?それとも対象者全員に「集団接種」をすべきでしょうか?

米国の予防接種は問答無用

  予防接種の先進国、アメリカでは州によって予防接種に関する法律が若干違いますが、一様に集団接種が義務付けられています。その為、子供達は誰でも法律に準じた接種を全て受けたという証明がなければ、学校に入学できません。そこにはインフォームド・コンセントという曖昧な対応など微塵もありません。アメリカ合衆国はメルティング・ポットと呼ばれる様に、世界中から様々な人種の方が移民してくるため、疾病の蔓延を防ぐ最善策として、予防接種が当然の事ながら実施されています。
  一例としてコネチカット州の予防接種法を検証してみます。幼児を含む子供達の接種条件は、DTa Pが最低4回、ポリオが最低3 回、MMRは1回、その内、はしかは最低2回かMMRを2回、B 型肝炎は3 回、そして水疱瘡が1回です。また幼児に限り、ヘモフィルス-インフルエンザb型菌を1回接種します。これらの接種をもれなく行うことにより、疾病の流行を未然に防いでいます。

予防接種の在るべき姿とは

  予防接種を実施するにあたり、十分な説明が必要であることに議論の余地はありません。しかし日本ではそれがインフォームド・コンセントという個人の権利に関連付けられ、合意しなければ接種を拒否する選択肢が合法的に残されてしまったことは問題です。予防接種は、蔓延する可能性の高い疾病への有効な対策なのです。個人の心情や権利も確かに大切ですが、公衆衛生の保全も不可欠であり、特にまだ予防接種を受けていない乳幼児や一般市民への配慮も当然ながら必要です。
  学校での寮生活を考えてみてください。ひとつの学校は予防接種を受けていない子供達だらけ。もう一つの学校は全員が予防接種をもれなく受けている学校。自分の可愛い子供を学校に預けるのに、どちらを選ぶでしょうか?もし、大勢の子供たちが何ら予防接種を受けずに共同生活した場合、はしかや水疱瘡が発症すれば、一気に学級閉鎖となり、学校生活は崩壊します。おそらく、殆どの親が予防接種を義務付けている学校に子供を行かせるはずです。疾病に対する最善の予防策を子供に授けることは、大人の義務と言えるでしょう。
社会の秩序を著しく乱す危険性の高い疾病の蔓延を防ぐ為、予防接種は必須であり、人々が一丸となってその必要性を理解し、協力するべきです。また、インフォームド・コンセントの考え方は医療の常識となりつつありますが、それは予防接種には当てはまらないことを認識するべきです。今や、予防接種の後進国となってしまった日本。これまで社会に培われてきた偏見を早急に払拭し、疫病の蔓延を未然に食い止める為にも、集団予防接種の重要性が再認識されるべきです。そして行政はもう一歩踏み出して早急に予防接種法を再度、改正するべきです。効果的な対策を今すぐに実践しない限り、日本はいつまでも疾病に冒され続け、世界から批難される可能性を残すことになるのです。

(文:中島尚彦)

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世界の片隅から

-国連職員の仕事-18  民族和解vol.7

 コソボにおける民族和解について書き始めて7 回目ですが、もうしばらく書かせてください。それくらい根深い問題なのです。
  さて、村人の間での民族和解を促すことをあきらめた私は、14人のアルバニア人市評議員を個別に説得することにしました。一軒一軒彼らの家をたずねて回り、話し合いをするのです。彼らが何を考えているのか、セルビア人との共存は本当に無理なのかを、会議場ではなく彼らの家で腹を割って話し合いました。その中の一人、評議員の中でも特に強い反対意見を持っている男を訪ねたときのことです。彼は、町からずいぶんとはなれた山の中に住んでいたのですが、やっと彼の家にたどり着いたときに驚きました。立派であったろう彼の家は無残にも焼け落ち、彼とその家族はその前にテント小屋を立てて住んでいたのです。戦争が終わって1年が経ったのに、彼にはいまだに住む家さえないのです。これではいくら私が民族和解などと奇麗事を言ってもセルビア人を許す気持ちにはなれないだろうと実感しました。衣食足りて礼節を知るといいますが、被害者が最低限の生活を取り戻せないうちに和解を受け入れさせることは無理だとわかりました。
  それでも2週間近くかけて14人の評議員と話し合った結果、6人は戦争に加担しなかったセルビア人ならば会ってもよい、5人は誰であれ絶対に会いたくない、3人は決めかねるという立場でした。そこで、会ってもよいと考えている6人だけでもセルビア人との会談に参加してもらおうと考えました。フランス軍にも十分な根回しをし、7月19日に日取りを決めました。戦後初めて、北部ミトロビッツアとスーボグルロ村を代表するセルビア人2名がアルバニア人と会うはずでした。ところが、会談の2日前になって今度はセルビア人が、バンニャ村の代表も加えて3人にしたいといってきました。しかしアルバニア人側はこの3人目のセルビア人を受け入れることはできないと拒否。セルビア人側も3 人出なければ会わないと言い張り、またしても両民族の対話は流れてしまったのです。
  すると今度は、セルビア人のほうから会談はミトロビッツアで行いたいと申し入れ、これに対してアルバニア人も同意をしました。そこで、8月24日に日取りを再設定し、今度こそはうまくいくだろうと準備を開始したところ、会談2日前に、アルバニア人側が突然、やはりスケンデライで会いたいと言い出したのです。セルビア人にこれを告げると、身の安全が確保されるのであれば、セルビッツア(スケンデライのセルビア名) でもよいと回答して来ました。両者の間の気持ちが揺れ動きながらも、だいぶ固まってきていることが感じられるようになりましたが、今度は、フランス軍と国連警察が二日間では警備予定の変更ができないといってきて、会談はまたしても流れてしまいました。
  ところがまもなくして、首都のブリスティナからコソボ全体のセルビア人評議会のメンバーが8月30日にスケンデライ・セルビッツア市を訪ねてくるとの連絡が入ってきました。私はこれを好機ととらえ、アルバニア人代表を懸命に説得、何とか彼らの同意を得ました。今度こそは、うまくいくはずでした。ところが、前夜になって突然、特別副代表から連絡が入り、治安上の心配があるので訪問は取りやめると告げられました。今度こそはと考えていただけに、トップからの中止指令には本当に愕然としました。

(文:井上健)

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成田グルメNAVI 第32回

優雅なランチが楽しめる本格イタリアン「イタリアンレストラン ア・ローマ」

 ランチ天国、成田が誇る穴場イタリアンが土屋交差点角にあるア・ローマだ。イタリア人のオーナーシェフが調理するだけあり、一味違う本場の味が楽しめる。建物は成田屈指の広さを誇り、ゆとりをもったスペースとクロス付のテーブル、そしてバルコニーに面した大きな窓からの採光がとても気持ち良い。表でも食事をしたくなる数少ないレストランだ。
  ランチは3種類。値段は1200円、1500円、2400円と決して安くないが、それが逆に期待につながる。Aランチの基本構成は自家製フォカッチャにサラダかスープ、メインはパスタまたはピッツア、そしてドリンクだ。パスタは5種類、ピッツァは4種類から選べる。Bセットには、その他、前菜盛り合わせとデザートがつき、Cには更に肉料理か魚料理が選べる。
  本日の肉料理は鳥もも肉グリル香草風味だ。とりあえずAセットでサラダと、茄子とイカのトマト風味パスタを選択。サラダは大皿にしっかりと盛られ、成田最大級。サラダ好きにはもってこいだ。パスタは意外と重くなく、さっぱりとした味で、麺の茹で具合も完璧。あくまで本場の味を実感できるのが嬉しい。ちなみにコーヒーも美味しく、 お代わりも頂くことができた。これでしめて1200円。優雅にランチを楽しめる優れたスポットとしてお勧めしたい。

総合評価 星4.5

「イタリアンレストラン ア・ローマ」
千葉県成田市土屋1109-4  TEL:0476-23-3361

(文:中島尚彦)

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あじ彩 料理長 斎藤渉の直伝レシピ
〈第13回〉ほたるいかの卵とじ

◆料理長より一言
卵は半熟状に火を通し、ふんわりとした食感に仕上げます。

1.ほたるいかは目、口が残ると食感が悪くなるので、骨抜きなどで除きます。口は、足のつけ根の中央にあります。ごぼうは泥を落し、ささがきにして水にさらします。長ねぎは縦半分に切って薄い斜め切りにし、三つ葉は3.4 cmの長さに切ります。

2.小さいフライパンで1人分ずつ作ります。ごぼうと長ねぎを敷き、ほた るいかを放射状に並べ、煮汁を合わせて注ぎます。

3.強火にかけて煮立て、1分くらい煮ます。卵を溶きほぐし、穴じゃくしで外側から回し入れます。

4.三つ葉を散らして火を止め、ふたをして一瞬蒸らします。すぐに器に移し、粉ざんしょうをふります。

材料(2人分)

ほたるいか…………… 20 ぱい
ごぼう……………………… 20g
長ねぎ……………………… 20g
三つ葉………………………… 適量
卵…………………………… 2 個
  だし汁………………… 250ml
  みりん……………… 大さじ2
  薄口しょうゆ……… 大さじ2
粉ざんしょう…………………… 適量

おいしく作るポイント

卵は細く流し入れ、火を通しすぎない

卵は煮立った煮汁に少量ずつ流し入れると、短時間でふんわりと仕上がります。穴じゃくしを利用し、外側から内側に回し入れると均一に火が通ります。余熱でも火が通るので、一瞬蒸らしたら、すぐに器に盛ります。

(文:斎藤渉)

PROFILE
斎藤 渉
(さいとう わたる)
1965年千葉県生まれ。
高校卒業後、東京人形町「京樽」に入社して料理の世界に入る。
上方ずし、すし懐石を学んだ後、日本料理を幅広く修業するために「津田沼グランドホテル」に入社。
その後、数々のホテルや料亭において、岩崎清氏(現、渋谷エクセル東急ホテル「日本料理 旬彩」料理長)、黒田廣昭氏(現、「なだ万」ホテルニューオータニ店料理長)などのもとで研鑚を積む。
その後、成田「季節料理 彩季」、松戸「割烹 しの田」の料理長を務め、現在は成田の命泉 大和の湯 内「あじ彩」総料理長。
著書多数。

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日本とユダヤのハーモニー
〜「君が代」に秘められたユダヤルーツ〜
第27章 君が代の由来 パート3

 「君が代」の歌詞には、ヘブライ語によるもう一つの意味が秘められていることを解説してきました。「立ち上がって神を誉めよ!」という意味を持つ「クムガヨワ」から始まり、前半のメッセージは、シオンの民が国家の滅びから逃れ、神の選民である「残りの民」として神を讃えることが中心のテーマとなっていましたが、はたして歌詞の後半はどうでしょう?
  「(さざれ)石の巌となりて」という誰もが良く知っている君が代の一節は、一般的に小粒のさざれ石が長い年月を経て堆積し、いつしか大きな岩に変貌する意味であると解釈されていますが、実はこのフレーズには君が代の中心となる貴重な宗教メッセージが、ヘブライ語で書かれています。「イシノ」は前述したとおり、ヘブライ語で救いを意味するyasha、(ヤシャ)が語源のish、(イシュ)という言葉と、人類を意味するenosh 、(イノシュ)が複合してできた「イシィノ(シュ)」で、「人類の救い」を意味します。
  次に「イワ・オト・ナリテ」という3つのヘブライ語が続きます。「イワ」は、神を意味するヘブライ語の子音(yhwh)に任意の母音をつけて、日本流の「神」の呼び名、「イワ」となりました。また、ヘブライ系ユダヤ人のことをアラム語では「IWARAA 」、「イワラ」と呼んだり、神の民を「YEHUDI」、「イフディ」、「イワデ」と呼んで、それらに「イワ」という発音が含まれるのも、そこに「神」の意が含まれているからに他なりません。新約聖書においてはイエスキリストも「救いの岩」と呼ばれているように、「イワ」は神を象徴する言葉なのです。
  次の「オト」は、印やサインを意味するot 、(オト)で、神の証や予言に関わるニュアンスが含まれている言葉です。つまり「イワ・オト」と繋がることにより「神の印」や「神の証」の意となり、言い換えれば「神の予言」とも解釈できるでしょう。また「成就する」「完成する」、という意味の言葉にnali-atah、(ナリァタ)というヘブライ語があります。「ナリ」は「得る」、「アタ」は「来る」の意味があり、この2つの言葉が繋がって、「成就する」という意味になります。するとどうでしょう。「イシィノ・イワオト・ナリタ」が「人類が救われ、神の予言が成就した!」という文章になっていることがわかります。
  さて、「苔のむすまで」という言葉の響きは、君が代の世々限りない繁栄を詠うにしては、いまいち優れませんが、ヘブライ語で読むと、これまでの歌詞の流れに沿った文脈となり、歌全体を完結する言葉となります。「コケノ」はヘブライ語で(kol-kano)と書き、実際の発音は「コ(ル)カノ」です。「コル」は「全て」、「カノ」は基礎、台の意味が原語にあり、合わせて「全ての場所」を示唆するので、「コカノ」は「全地」を意味します。そして、歌詞の最後の「ムスマデ」は「語られる」、「鳴り響く」という意味を持つmooshma、(ムーシュマ)です。ヘブライ語の文法上、女性形も使用されることがあり、ムーシュマッテはその女性形です。それ故、「コカノ・ムーシュマッテ」はヘブライ語で「全地に語られる」という意味になります。
  「イシノ・イワオト・ナリテ・コケノ・ムスマデ」を、ヘブライ語の文章として読み通してみると、そこには驚くべきメッセージが秘められていたのです。「人類に救いが訪れ、神の予言が成就した。全地あまねく宣べ伝えよ!」と。

(文:中島尚彦)

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かもねぎの COME ON MUSIC ! ! 73

「個声を伸ばす。」

 今、発声練習にはまっております。ライブで歌うことも多いのですが、その歌は完全に自己流。以前一度だけプロの歌手に指導を受けたことがありますが、特に熱心に練習するわけでもありませんでした。
  ある夜、昨年録音したライブのテープを聞き返すと、なるほどギターは以前よりは上達していると感じましたが、歌はひどいもので、「自分は下手くそだからこのくらいで」と思ったものの、「練習すれば少しは上手くなるかもしれない、しないよりはまし」と、発声練習をはじめました。
  歌の先生に習おうとも思いましたが、インターネットにもたくさん情報があるし、まず自分でやれることに挑戦。腹式呼吸で長くゆっくり息を吐く、チューニングメーターに向かって声を出し音程を保つなどいろいろとやっていました。ある日、同僚が音大出身であることがわかり、発声について尋ねま
した。すると「加茂さんはずいぶん低い声が響きますね。バスの領域まで声が出る人はあんまりいないですよ。バスを鍛えたほうがいいですね」とアドバイス。
  最近のボーカリストで歌が上手いといわれる人の多くは大きい声を高音で張れる人で、自分とは正反対だったため、これは目から鱗の発見。
  その夜は一人でピアノに向かいどこまで声が出るか試してみたところ、低いほうから数えると2オクターブまで出ることがわかりました。自分は高い声が出ない、音域が狭いということを悩んでいましたが、自分がこれほど低い声が出るとは思いもよりませんでした。何をするにも自分を知ること、この場合は自分の個性ならぬ個声を見極める事が大切なんだなと痛感しました。
  それからは、職場でもみんなで声をよくしようと、毎朝スタッフと発声練習を実施。いい声を時間をかけて作ろうと思います。音楽を始めて20年近くたちますが、まだまだ発見と勉強の連続だと痛感しました。

ギタリスト加茂尚弘
連絡先 0476-24-6777(ネットハウス)

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未病を治す 横山瑞生
第41回 自分の健康は自分で守る

 ヒトが直立二足歩行するようになってから、発生した疾患には、内臓下垂・腰痛・膝痛・頚や肩のこりなどを挙げることができましょう。
  起床し立つと無意識に首を上下に真直に保とうとします。上肢の重さは肩関節を通して持ち上げるのです。首とは頚から上をいいます。この首の重心は顔前方の方に傾いているのです。眠くなったり、意識を失うと首が前に俯うつむくことで知られます。
  このように後頚部や肩関節部の筋は首や上肢を支えるために、静止の状態でも相当の機能を果たしています。ましてや書物を読んだり、パソコンを操作している時は、首を前屈しますから、前出の筋は、更に収縮を余儀無くされます。この結果が頚こりや肩こりの原因となるのです。言う迄も無く、ある病気の一症状として、誘発されることもありますが、ここでは省くことにします。
  鍼灸やマッサージの医療機関に、頚こりや肩こりを訴えて、治療にやって来る人は大変多いです。鍼灸やマッサージは頚こりや肩こり以外には余り効果を知らない人が多いのも事実ですが、世界保健機関(WHO)では立派な医療として保護と普及に勤めています。アメリカやヨーロッパの各国や中国、韓国、朝鮮などでも、大学で教育し医師として認めています。残念ながら我国では鍼灸大学はあっても医師の国家資格は、未だ与えられていません。従って診断権がないのです。
  ちょっと回り道をしましたが、頚や肩のこりについて更に考えてみましょう。日本列島の冬季は大そう空気が乾燥します。ということで、冬になると流行性感冒(以下、流感)が猛威をふるう理由については前号でふれた通りです。
  流感にかかると先ず、くしゃみ、寒気(さむけ) 、発熱、頭痛、頚や背部のこりなどの症状が発症します。
  運動器といわれるところは骨格、靭帯、筋肉などで形成されています。筋肉は蛋白質です。蛋白質は熱や酸に会うと凝る、固まる性質をもっています。当然のことながら骨格に付着している骨格筋は自分の意思で動かすことが出来ます。機能的な命名は随意筋といいます。この筋肉の使い過ぎも、また凝ることになります。更に冷えると筋肉の働きが低下します。こうした状態のとき、急な強い動きをすると、俗いう肉ばなれや、頚肩腕痛・腰痛・膝関節痛といったトラブルの誘因になります。来月はこの手当法について記すことにいたしましょう。

PROFILE
横山 瑞生
(よこやま ずいしょう)
1939年
茨城県常陸大宮市に生れる。
1964年
東京高等鍼灸学校卒業、在学中から大塚敬節氏に師事し漢方を学ぶ、後小川晴通氏に師事し鍼灸を学ぶ。
1971年
中国医学研究協会設立に参画。
1973年
中華医学会の招聘で訪中、鍼麻酔、耳鍼療法学など我国に最初に紹介した1人。現在、日本東洋医学会会員、日中医療普及協会会長、新宿鍼灸師会会長、日本ホリスティック医学協会常任理事、一本堂鍼灸療院院長などの傍ら国内外の後進の指導に当たる。
著訳書
『カラー版鍼灸解剖図』『最新中医針灸穴位掛図』『針灸経穴辞典』『針灸寄穴辞典』『アレルギーはツボで治る』『耳針療法掛図』ほか多数。

連絡先
東京都新宿区本塩町10 四谷エースビル101
一本堂横山鍼灸療院  電話 03(3359)6693