成田シティージャーナル===============
H19年11月15日発行 第73刊 毎月15日発行 購読無料
=========================
成田の将来と日本の未来を見据えて撃つ!
そんなあなたにホットな話題をお送りする
最先端オピニオン紙
発行:ネットハウス
〒286-0044 千葉県成田市不動ヶ岡 1958
TEL 0476-24-6777 FAX 0476-24-6778
http//www.naritacity.com
成田市、佐倉市、印西市、富里市、香取市、山武市、八千代市、四街道市
酒々井町、栄町、小林、安食、多古町、横芝光町、芝山町、神崎町に折込
発行部数:275,000部
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
アンチエイジングの旅 Part.II
ホルモン補充療法が多くの人を虜にしてしまう訳
アンチエイジング治療の基本は、何と言っても「ライフスタイルの改革」につきます。平たく言えば、不摂生な生活習慣を絶ち、ごく当たり前の健康的な生活を送るということです。昔からの格言である早寝、早起きという規則正しい生活は勿論のこと、栄養価が高く、カロリーの低い食生活を心がけながら腹八分の教えを守り、尚且つ適度な運動を定期的に実行することを目指します。つまり暴飲暴食や、夜更かしを避け、人体に害を及ぼす煙草などは勿論、過度なストレスの要因を取り除き、老化の原因となる行動を慎むことが、アンチエイジングの大原則なのです。
実はこの生活パターンの改革が大変難しく、長年、身についた様々な悪習慣を簡単に変えることができないため、結果として加齢を促進させてしまう人が大勢います。その上、意思の弱さも手伝ってか、日々数分の運動さえもまともに継続できないという問題に直面することは決して珍しくありません。例えば、甘いものを食べると血糖値が上昇し、その結果、インスリンの分泌が過剰となって内因性成長ホルモンの分泌が妨げられるため、抗加齢医学では糖分やでんぷん質を多く含む食品の摂取を減らすことを教えています。また、肥満体質も成長ホルモンの放出を妨げるので、適正体重まで減量することが必須です。ところが、甘いデザートを毎日美味しく食べてきた人が、いざ、それを止めようと心がけても、そう容易く食生活を変えることはできないのです。また毎日ビールの大瓶を1本飲んでいる人がメタボを解消するために、小瓶1本だけに制限するのは、至難の業かも知れませんし、これまで運動をしていなかった人が、毎日ちょっとだけストレッチをしようと決めても、体が言うことを利かずにすぐにやめてしまうのも無理はありません。このような理由が重なり、現実的にアンチエイジングの基本ルールを遵守することは、多くの庶民にとって極めて難しく、あきらめてしまう人が大勢いるようです。若返りを実現する為には、何としてでも若くなりたいという強い意志と、それに伴う実行力が必要です。
アンチエイジング治療には覚悟が必要!
当時45歳であった筆者は、ある日、主治医の薦めによって老化度のチェックを受けることになりました。すると確かに歳相応に、テストステロンと呼ばれる男性ホルモン値や、DHEA値が大きく減少しており、またソマトメジンCとも呼ばれるIGF-I値も、適正最低数値の半分以下になっていました。年相応以上に、ホルモンの分泌が大幅に落ち込んでいたのです。これらのホルモン値は、周囲の環境やストレスレベルによっては急降下することがあり、正に自分がその近代社会のストレス、不摂生の餌食になっていたのです。その結果を踏まえて、筆者はアンチエイジング療法の治療に臨むことにしました。若くありたいという気持ちは強く持っていたので、とにかく何でも言われるままにやってみたかったのです。しかしながら、アンチエイジングの治療費は想像していた以上に高価であり、決して生半可な気持ちでは受けることができないものでした。それ故、やるからには絶対に結果を出す、という覚悟をもって、治療に臨みました。
まず、毎日水をたくさん飲むことから始め、サプリメントを毎食後欠かさず摂取し、甘いものや脂っこい食べ物をできるだけ排除し、運動量を増やす努力をするという日課が始まりました。と同時に、低下ぎみであったホルモンのレベルを是正する為に、ホルモン補充療法が開始されました。するとどうでしょう。アンチエイジングの治療を開始してから1ヶ月も経たない内に、みるみると体が変化を覚え始め、それからというもの、日々、元気が増し加わり、2ヶ月もすると自分でも信じられない程、若き日の自分を再現したようなエネルギーに満ち溢れてきたのです。体に馬力が充満したようなすがすがしい気分は、正に爽快としか言いようがありませんでした。そして多少肥満気味であった体重も徐々に減り始め、それまで苦にしていた階段の上り下りが、疲れを感じることさえ無くなってきました。体が自然と運動を欲するようになってきたのです。また、毎週練習していたテニスも、それまでは怪我に悩まされることが多く、体中筋肉を痛めていたのが、いつの間にか、怪我をしなくなってきました。つまりアンチエイジングの効果で、体全体の動きが機敏になり、柔軟性が増し、運動量を増やしたこともあり、筋力がついてきたのです。おまけに精力も10代の頃を髣髴させる程の気分です。このアンチエイジング効果の延長線に、筆者のマラソンレース参戦があり、それから4年間で13回もの国際マラソン大会を走り続け、2007年11月に開催された成田POPランでは成田市民ハーフの部で準優勝をするまでに至ったのです。これこそ正に、「想定外」のアンチエイジングの効果です。
ホルモン療法の真髄とは何か?
アンチエイジング療法は生活習慣の改善が基本ですが、その治療の骨子はホルモン療法です。人は誰しも歳をとると共に、若さを保つ為に不可欠なホルモンの分泌が減り始め、その結果、筋力や視覚能力、精力等が低下します。その不足しているホルモンを補充して、各種ホルモンのバランスを最適なレベルで維持することが、アンチエイジングの重要な課題です。それ故、医学的常識に基づく健康管理法をベースに、ライフスタイルを徹底して改善する努力をするだけでなく、同時に抗加齢医学の王道とも言えるホルモン補充療法を施すことが、確実に若返りを実現するための条件となります。このホルモン療法があってこそ、オプティマル・ヘルスとも呼ばれる、歳相応のベストコンディションが現実のものとなります。
ホルモン療法については学説が分かれ、一概に医療方法を確定することはできません。しかし一説によりますと、およそ人間は30歳前後が各種ホルモンバランスの調和が最も良くとれていると考えられています。それ故、典型的なアンチエイジング療法では、30歳における各種ホルモンのレベルを長年持続させることを指標とし、それに向けて補充療法を行うことにより、いつまでもその30歳のホルモンレベルを維持することを目指します。つまり、外見は歳相応に老けてきても、体の内面においては常に30台のホルモンバランスを誇り、活き活きと輝くオプティマル・ヘルスを実現するというのがミソなのです。アンチエイジングの治療に頻繁に使われるホルモン剤は主に、DHEA、メラトニン、成長ホルモン(HGH)、HCGの4種類です。最初の2つは錠剤で投与され、後者は注射を使用します。DHEAは副腎から分泌されるホルモンであり、免疫力の上昇、及びストレスに対して抵抗力をつける働きがあり、このホルモンをベースに性ホルモンや副腎皮質ホルモン等、様々なホルモンが作られるため重要です。メラトニンは睡眠の周期を整える働きがあり、睡眠そのものの質を高め、体により良い休息を与えます。また、抗酸化作用や免疫力を高めることでも知られ、老化を防ぐためにも必要不可欠なホルモンです。そして、ここ最近話題の成長ホルモンは、脳下垂体から分泌され、IGF-Iとの相互作用により人体内の組織、器官の成長に貢献するため、最も重要なホルモンの一つと言われています。例えば骨を強くし、筋力を増強し、性的な能力を高め、免疫力を強化する働きがあるだけでなく、視力を改善し、気分を良くし、記憶力さえも向上させます。つまり運動能力を向上させる働きがあります。最後はHCGと呼ばれる性腺刺激ホルモンであり、これは女性の卵子の成長と排卵を助け、男性では精子数を増加させる働きがあり、最強の精力剤とも言えます。これらのホルモンはいずれも20歳前後をピークにして減少し始めるため、それを補充することにより、ホルモンレベルがV字型に回復します。その結果、「若き日の自分を再現した」という位の元気を取り戻すのがアンチエイジングの狙いです。
ホルモン治療はドーピング?
アンチエイジング療法の骨子とも言えるホルモン補充療法が、あまり公に語られないのには訳があります。実は、このアンチエイジング療法に使われているホルモン剤の中心であるヒト成長ホルモン(HGH)こそ、スポーツ選手がドーピングで罰せられる禁止薬物の一つなのです。ところが人成長ホルモンは、スポーツ選手に限らず、実際には多くの医者、著名人、政治家らが日々、欠かさずに愛用する「お薬」として世界各地で既に広く普及しています。その結果、ヒト成長ホルモン剤は今や、世界各地で引っ張りだこなのです。つまりホルモン補充療法とは、正にドーピングと瓜二つの関係にある訳です。スポーツ選手にとっては、ドーピングはルール違反であり、その規則も年々厳しくなっているため、当然のことながら使用を控えなければいけません。ところが、一般社会においては医者を筆頭として、大勢の裕福な知識階級が、日々、ホルモン剤を自ら注射してその恩恵を受けている為、その実態をベールに覆い隠さなければなりません。その結果、時折ドーピング問題が世間で話題に上ることはありますが、決してそれが大きな社会問題となることはありません。何故なら、このホルモン療法こそ、医師が自ら認める最先端の医学療法だからです。つまるところ、巷ではドーピングと批判されている行為そのものが、実は大勢の医師達が自らに施している最先端のホルモン療法なのです。
日本はホルモン治療の後進国です。米国と比較してもその利用度、理解度は著しく劣るため、ホルモン補充療法はグレーゾーンとして扱うしか、今は術がありません。しかしながら、アンチエイジング療法の骨子として、世界中の医学会で認知されつつあるホルモン補充療法から、このまま日本が取り残されて良いのでしょうか?確かにホルモン補充療法は薬物摂取そのものであり、現状では高価な買い物です。しかしその反面、必ず結果が出る強力な処方箋でもあり、そのまま放置すれば老いていく身体に、信じられない程の若さと活力を与えてくれます。もう数年もすると、 ホルモン療法を受けている人と、そうでない人の違いが、同い年でも歴然として現れてくるかもしれません。自然のままに老化する人間と、ホルモン補充療法を施して、若返りを体験した人間の相違です。どちらの選択が人類にとって最終的に良かったかは、いつか歴史が教えてくれることになるでしょう。
(文:中島尚彦)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
世界の片隅から
-国連職員の仕事- 14 民族和解 Vol.4
我々の目的は、アルバニア人とセルビア人が平和に共存できるコソボを作ることでした。日本でも、近所に住む隣人で考え方や生活習慣がぜんぜん違うので友人にはなれないが、相手の存在は認めるし、挨拶程度は交わすという人間関係はあるでしょう。せめて彼らにもその程度の隣人関係を築いてほしいと考えたのです。そのためには、どうすればよいのか。私が考えた道筋は、次のように段階的に和解を進めることでした。まず両者の代表同士が話し合いを持ち、セルビア系住民の帰還に合意する。ついで、セルビッツア市の元住民だったセルビア人が日帰りで町を訪れ、役所での仕事などもはじめる。両民族が日常の接触に慣れてきたらセルビア人が元の家に帰還する。大雑把に言って、この3段階で和解を進めていこうと考えたのです。しかし、彼らの代表といざ個別に話を始めると、和解はほとんど不可能なように思えました。アルバニア人は、セルビア人の帰還を認めるどころか、話し合いすら拒否しました。セルビア人は、故郷に戻りたいから話し合いには応じるが、自分たちの身の安全が保証されない限りは、帰りたくても帰れないという考えでした。
とにかく、いまや勝者であるアルバニア人に敗者となったセルビア人の帰還を認めさせることが先決であると考え、私はアルバニア人の代表12人を集めて市評議会をつくり、その1999 年11月30日に開いた第一回会議で、この評議会にはセルビア人代表も2人含めたいと発表しました。私はセルビア人の中には戦争に加担し、犯罪を行った「悪いセルビア人」もいるだろうが、戦争に巻き込まれただけの「良いセルビア人」もいるはずだ、悪いセルビア人は当然に逮捕され処罰されるべきであるが、良いセルビア人は隣人として再び受け入れるべきではないかと話したのですが、まったく相手にされませんでした。
なぜならすべてのセルビア人は何らかの形で戦争犯罪にかかわっているので、彼らの帰還は絶対に認めることはできない、というのが彼らの一貫した主張でした。12月21日に開いた第二回市評議会でも、この議題を取り上げ、そもそも戦争犯罪人とは何かという話をし、アルバニア人にとって受け入れ可能なセルビア人の基準について話し合おう、と呼びかけたのですが、まったく話にならず、理屈以前の感情の問題として、セルビア人の顔など二度と見たくもないという態度でした。結局、この問題を市評議会でこれ以上取り上げても進展はないと判断し、それ以降は市役所の再建や市の復興計画など実務的な問題についてアルバニア人代表と話し合いを進めることにしました。
しかし、その後もセルビア人と通じていたというアルバニア人が覆面をかぶった何者かに射殺されたり、前回紹介したようにセルビア人の乗ったバスが襲撃されたり、セルビア人の住む村に手榴弾が投げ込まれるなどの事件が相次ぎました。さらには、2000年2月29日に開かれた第四回市評議会の最中に、評議会に参加していたロシア軍司令官の運転手として市役所の外で待機していたロシア兵が、アルバニア人によって撃たれ、数日後に死亡するという事件も起きました。こうした一連の事件を目の当たりにして、やはり民族和解は避けて通れないことを私は痛感し、市のレベルでの話し合いが無理なら、村のレベルからはじめようと考え、冬の寒さも少し和らいできた3 月から私はアルバニア人とセルビア人の村々を回ることにしました。新たな挑戦と挫折の始まりでした。
(文:井上健)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 今、女性に一番人気のランチスポットが郷部の馬車道だ。明治時代を思わせるデザインを誇るこの洋風レストランのテーマは、「明治時代の雰囲気の中で、日々の疲れを忘れて楽しむ」とのこと。実は車が駐車場から溢れるほどの人気ぶりで、昼は12時前から満席だ。
ランチメニューの構成は、全品サラダ・スープ付で、殆どが980円前後のセット。メインはパスタとサラダ。ピザは780円から。大半の女性客はパスタセットを選ぶ。また男性向けのメニューとして和風特選膳等や、石焼きカニ雑炊、和風定食セット等もあるが、これは専門店に分がある。
筆者は横浜開港スパゲッティーと呼ばれる明太子とクリームソースのブレンドを頂いた。セットのスープはおまけのようで論外。しかしサラダは梅しそドレッシングが美味しい。パスタの味も悪くなく、980円は期待通りだ。店内の雰囲気は広く明るく、サービスが気持ちの良いほどしっかりしているだけでなく、12種類のケーキが嬉しさの秘密。何とちょっとしたプラス価格でランチでもケーキバイキング付セットが楽しめる。殆どが女性客というのもこれで納得。一度は夫婦やお友達とでかけてみたいスポットのひとつである。
馬車道 成田店
千葉県成田市郷部1314 TEL0476-20-1201
(文:中島尚彦)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
あじ彩 料理長 斎藤渉の直伝レシピ
〈第9回〉ぶりの鍋照り焼き
◆料理長より一言
ぶりに火を通してから味をからめ、表面を焦がさないように仕上げます。
1.漬け汁の調味料を合わせてぶりをつけ、5分おいて下味をつけ(ポイント ! )、汁気をふきます。油を熱したフライパンで、盛りつけるときに上になる側から、色が変わる程度に焼きます。
2.生臭みが残らないよう、ぶりから出た脂をペーパータオルでふき取り、酒を注ぎ、弱めの中火にします。
3.酒が半量になったら、漬け汁を加えて強火にします。汁を煮つめながら、ぶりに味をからめます。
4.汁がほとんどなくなったら器に盛り、酢どりみょうがを前盛りにします。
材 料(2人分)
ぶり・・・・・・・・・・・・・・・・2切れ
漬け汁
酒・・・・・・・・・・・・・・・・50ml
みりん・・・・・・・・・・・・・50ml
しょうゆ・・・・・・・・・・・・50ml
砂糖・・・・・・・・・・・・・・大さじ1
酒・・・・・・・・・・・・・・・・・・100ml
サラダ油・・・・・・・・・・・・・大さじ1/2
酢どりみょうが・・・・・・・・2個
〈酢どりみょうが〉
みょうがは縦半分にし、酢少々を加えた熱湯でさっとゆでます。水気をきって塩少々をふり甘酢(酢:大さじ4・水:大さじ4・砂糖:大さじ2)に1時間ほどつけます。
おいしく作るポイント
漬け汁に砂糖を加え、漬け時間は短く
魚の照り焼きの漬け汁は、酒、みりん、しょうゆを同量で合わせるのが基本ですが、ぶりなど脂の多い魚は、砂糖を加えると味のなじみがよくなります。好みで柚子、木の芽など、季節の香りを加えても結構です。漬け汁に長くつけすぎると調味料が浸透して、身がかたくなったり、焦げやすくなったりします。
(文:斎藤渉)
PROFILE
斎藤 渉
(さいとう わたる)
1965年千葉県生まれ。
高校卒業後、東京人形町「京樽」に入社して料理の世界に入る。
上方ずし、すし懐石を学んだ後、日本料理を幅広く修業するために「津田沼グランドホテル」に入社。
その後、数々のホテルや料亭において、岩崎清氏(現、渋谷エクセル東急ホテル「日本料理 旬彩」料理長)、黒田廣昭氏(現、「なだ万」ホテルニューオータニ店料理長)などのもとで研鑚を積む。
その後、成田「季節料理 彩季」、松戸「割烹 しの田」の料理長を務め、現在は成田の命泉 大和の湯 内「あじ彩」総料理長。
著書多数。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
日本とユダヤのハーモニー
囃子詞に秘められた謎
第23章
三国節に潜む岩の真実とは !
福井県の港町、三国港周辺では、「三国節」と呼ばれる民謡が古くから歌われています。三国神社を建立する際に、真言宗の上人が唄ったと伝承されているこの三国節は、今日、盆踊唄としても親しまれ、お座敷唄として人気があります。
この三国節にもユダヤの影響が絡んでいると考えられる理由は、まず「三国」という言葉自体が、「神の国」を意味する「御国」の当て字ではないかと考えられることです。無論、ミクニはその町の名前でもあり、地域一体の歴史的背景にも同様のルーツが潜んでいる可能性があります。また作者が空海弘法大師の流れを引き継ぐ真言宗に属していることも注目に値します。その大師こそ、日本にイスラエルの信仰をもたらした仕掛人である可能性が高いのです。歌詞の最後には「主を待つまの…」ともあり、ここで唄われる「主」はキリストとしても理解できます。 三国節の歌詞は「岩が屏風(ビョウブ)」と始まりますが、まず、この言葉にユダヤルーツを見出すことができます。ヘブライ語には「一緒」を意味する、ビャッ(ド)(be-yakhad)という言葉があります。語尾は殆ど聞こえないため、普通に発音すると、ビョウ(ブ)とも聞こえます。これが屏風の語源ではないでしょうか。また屏風には二つを一双として組み合わせ「一緒にする」という意味があり、ヘブライ語の意味と類似していることからも、信憑性は高まります。すると三国節は「岩が共にある」ことを唄っていることになります。では「岩」とは何でしょうか。
イスラエル人にとって、「岩」は、神の救いの象徴です。聖書には「救いの岩」と言う表現が使われている通り、特に後世のキリスト信仰者にとっても「岩」は、神の救いのシンボルです。そこで大陸では全く別の発音を持つ「岩」という漢字がなぜ、日本では「イワ」と発音するようになったのか、考察してみました。まず、ヘブライ系ユダヤ人のことをアラム語では「イワラ」(iwaraa)、またヘブライ語ではydwhy(yehoodee、イフディ)、または「イワデ」と呼び、原語には「神の民」という意味が込められていることに注目です。これらの呼び名の共通点は「イワ」という発音です、岩との関連性があるのではないでしょうか。そしてヘブライ語では「イワ」という言葉の語源が「神」なのです。
神は、人間が呼び名で語れない程神聖なお方であるということから、ヘブライ語では発音することができない4文字の子音、hwhy (yhwh)から成り立っています。しかし発音できないと不便なことから、イスラエル人はあえて、YHWHにアとエの母音をつけて、当て字ながらも「ヤーウェー」と神の名を呼ぶ様になりました。同様に、日本でもYHWHという神を意味する言葉を日本流に発音するため、イとアの母音を足して、「イーワー」としたのではないでしょうか。そして神の象徴は「岩」ですから、その漢字の発音が「iwa」となったのです。つまり「イワ」とは、人間が発音できないヘブライ語の「神」、YHWH を語源とした、「神」の呼び名だったのです。
これらのヘブライルーツを辿ることにより、「岩がびょうぶ」の意味が明確になります。「岩」は神であり、屏風が「一緒」を意味しますから、「イワガビョウブ」とは、「神と共にいませり」になります。つまり三国節のテーマは、「神が共におられる」という信仰告白だったのです。
(文:中島尚彦)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
かもねぎの
COME ON MUSIC ! ! 69
ブルースギター東海道中膝栗毛〜
10月13日に大阪で行われた「ブルース・イノシシ祭り」というイベントに呼ばれて行ってまいりました。これはイノシシ年の女流ブルースギタリスト、ファイヤー大道を中心に東京、名古屋、大阪のイノシシ年のブルースマン、ブルースウーマンが集まってのライブセッション ! 2年振りの大阪での演奏ともあいまって張り切って行ってまいりました。本編の演奏終了後、楽器持参のお客様を交えてのセッションタイムです。
ブルースは12小節、3コードと呼ばれる進行が多く、パターンとコード、リズムの簡単な打ち合わせだけですぐセッションができることから初心者もプロも同じステージで演奏することが可能です。
今回面白かったのは土地別のブルース感覚。東京組は、オシャレさとダウンホームさの両方があり、勢いとファンキーさでは大阪、ちょうど中間の小気味よさの名古屋といったところでしょうか。東京と大阪のミュージシャンが一緒のセットになると大阪のパワーに押され気味になりつつもクールに応酬し、東京と大阪の気質を現しているようです。コテコテという言葉に象徴される大阪のパワー、粋という言葉がぴったりの抑揚が付いた東京のミュージシャン。甲乙、優劣つけがたい東名阪のブルース祭り。同じコード進行、同じ小節数でもまったく違った曲に仕上がるのが個性なのでしょう。
東名阪に限らず全国からブルース好きが集まるブルース・イノシシ祭り。今年最後のイノシシ祭りは12月22日東京都中野区に有るブルースバーブライトブラウンで開催されます。ブルースに興味がある方は必見のイノシシ祭り。次回は12年後ですのでお見逃しなく ! !
NEGGY加茂 ライブスケジュール
12 / 22(土) 東京都中野区中野5-59-9 湯澤第二ビル2F
「ブライトブラウン」 (080-3024-4685)
※かもねぎの出演はありませんが、飛び入り自由のセッションイベントです。
ギタリスト加茂尚弘
連絡先 0476-24-6777(ネットハウス)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
未病を治す 横山瑞生
第37回 自分の健康は自分で守る
健康で生きたい。だれもが願う共通の思いです。健康、それは心身、つまり精神・神経と肉体の両面であることは、言う迄も無いことです。衣食住が保証されていても、健康が確保されなければ、幸福な人生とは言えません。以前このシリーズで記したことがありますが、復習の意味で振り返ってみましょう。
漢方とは中国の漢代に成立した医方をいいます。今から約二千年も前のこと。その時代に、『素問(ソモン)・霊枢(レイスウ)』とか『傷寒雑病論(ショウカンザツビョウロン)』が著されています。そのうちの『素問』の第一篇(編)の冒頭に次のような文章を見ることができます。
「昔在黄帝而神霊弱而能言幼而徇斎長而敦敏成而登天」
この文意は昔黄帝という秀れた帝が在りました。「昔」の後の漢字は字こそ違っていても世間に稀に見る優れた人物であることを表わしているのです。以下は漢文から現代日本文に意訳して、紹介して参りましょう。
『素問』とは基本的な疑問を黄帝とその侍医達の間で交した問答形式で記されています。
「私は名医のそなたに、聞く。昔の人は百歳を過ぎても動作が衰えないが、今日の人は百才を半ばにして衰えてしまうのは、どうしたことか。時がそうしたのか。人の体質が変わってしまったのか?」、と。名医の岐伯(ギハク)は応えていいました。
「昔の人は自然を自然のままに受け入れ、生活していたのです。ですから百歳を越えて、生涯を全うしたのです。それはどういうことかというと、食べたり、飲むことに節度を守り、寝る、目覚めには決まった時刻を守ります。決して過労にはならないように努めます。
ですから身体も精神作用も与えられた寿命、百歳を越えて、この世を去ることができるのです」と。
「ところが今どきの人は、そうではないのです。酒を度をこして飲み、常々不養生をし、醉っては性欲をほしいままに交し、準備を充分にして、その目的を待つような心を払うようなことをしない。結果は明白です。このような不養生をしていれば、百歳を半ばにして、この世を去ることになるのです」と。
古代から今日に至るまで、自然の条理に変りがないことが分かります。ということは、二千年前に書かれた記録は、現在も言われ続けられています。人間とは知識はあっても、実行することは意外と難しいものです。しかし、その知識を活かすことは、自らの人生を左右することになりましょう。
PROFILE
横山 瑞生
(よこやま ずいしょう)
1939年
茨城県常陸大宮市に生れる。
1964年
東京高等鍼灸学校卒業、在学中から大塚敬節氏に師事し漢方を学ぶ、後小川晴通氏に師事し鍼灸を学ぶ。
1971年
中国医学研究協会設立に参画。
1973年
中華医学会の招聘で訪中、鍼麻酔、耳鍼療法学など我国に最初に紹介した1人。現在、日本東洋医学会会員、日中医療普及協会会長、新宿鍼灸師会会長、日本ホリスティック医学協会常任理事、一本堂鍼灸療院院長などの傍ら国内外の後進の指導に当たる。
著訳書
『カラー版鍼灸解剖図』『最新中医針灸穴位掛図』『針灸経穴辞典』『針灸寄穴辞典』『アレルギーはツボで治る』『耳針療法掛図』ほか多数。
連絡先
東京都新宿区本塩町10 四谷エースビル101
一本堂横山鍼灸療院 電話 03(3359)6693