成田シティージャーナル===============
H18年07月15日発行 第57 毎月15日発行 購読無料
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成田の将来と日本の未来を見据えて撃つ!
そんなあなたにホットな話題をお送りする
最先端オピニオン紙
発行:ネットハウス
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2006年ドイツワールドカップ観戦記
虚無感だけが残る1次リーグ敗退から日本代表は立ち直れるか
サッカー嫌いであった自分がいつしか、日本代表のサポーターになってしまった理由は「ドーハの悲劇」と呼ばれる日本サッカー史に遡ります。日本代表は初めてのワールドカップ出場を賭けて絶対に負けられない試合で、勝利を目前にしてロスタイムに入り、数秒後で試合終了というその時、相手方のコーナーキックからのセットプレーでヘディングシュートを決められてしまったのです。まさかの失点に大勢の選手が泣き崩れる姿をテレビで見ながら、自然と日本サッカーを真剣に応援したいと思うようになりました。
それから4年後の1997年、アジア予選の最終戦で、勝てばワールドカップ初出場が決定という世紀の一戦を見る為、当時まだ1歳であった長男を抱きかかえてマレーシアのジョホールバルまで出向きました。宿泊したハイアットホテルには何と日本代表が滞在しており、選手と一緒に時を過ごしながらますますサポーターとして燃えてきたのです。
ジョホールバルの決戦は生まれて初めて見るサッカーの試合でしたが、それがダブルオーバータイムで決勝点をもぎ取るという歴史的な名試合になるとは夢にも思いませんでした。試合前にスタジアムで君が代を1万人以上の日本人サポーターと心をこめて歌う体験も新鮮であり、その後の壮絶な試合展開にも度肝を抜かれました。そして中田選手の素晴らしい動きに目を見張り、最後のゴールの瞬間、我が子を空へと掲げ、歓喜の嵐に浸ったことを昨日のように覚えています。そしていつしか親子で日本代表のサッカーだけは欠かさず観戦するという習慣が身につき、フランスのワールドカップは日本対ジャマイカ戦を、そして前回のワールドカップでは、横浜スタジアムに駆けつけて長男と2人で日本対ロシア戦を観戦したのです。
奇跡の1次リーグ突破を目指して
豪州戦で3対1というまさかの敗退は、初戦に勝つチームが決勝トーナメントに出場する可能性が高いというデータからしても、「想定外」のハプニングでした。勝てるという驕り、極暑での体力消耗、そしてジーコ監督の采配ミスも方々から指摘されました。第2戦のクロアチア戦も、絶対に勝つべき試合を勝てずに引き分けてしまったのです。ほぼ互角に渡り合った試合でありながら決定力に欠ける日本のフォワードは、柳沢選手のようにゴールとは関係ない方向にボールを蹴って「芸術的なゴールミス」と外国の新聞で揶揄される程、あまりにお粗末なシュートを披露したのでした。これでは勝てるわけがありません。お祭り騒ぎのブラジルvs神妙な日本
ドイツのフランクフルト空港は各国から訪れるサッカーファンで賑わっていました。フランクフルトから1時間余り離れたワートハイムという小さな町で一泊し、翌日、運命のドルトムントに出発です。午後3時、車での長旅を経てスタジアムに到着しました。試合は夜の9時からですが、スタジアム周辺はまだ試合開始5時間以上も前なのに、黄色のシャツを着た大勢のブラジルサポーターで埋め尽くされていました。
時間に余裕があったので、スタジアムから2km離れたドルトムントの中心街までタクシーで出向いたところ、そこもブラジルのサポーターでごった返していました。そもそもブラジルと日本は大変仲の良い国ですので、警察官の姿も殆ど無く、純粋に試合を楽しむお友達という雰囲気を感じ取ることができたのは幸いでした。ブラジルサポーターの乾杯ムードに包まれる中、突然、そこにガーナ応援団が登場!たった今、アメリカに勝利し、アフリカ勢としてチェコを凌いで決勝トーナメント進出を果したのです。奇跡の勝利を祝うガーナのサポーターを見ながら、心で叫ぶ、「日本代表も圧勝だ!」
イノシシ軍団vs鹿の群れ
誰もがブラジルの圧勝を予想するこのゲームで、日本代表は2点差以上で勝たなければなりません。さあ、試合開始の笛が鳴り響きました!フィールドとほぼ同じ高さの目線で選手を目の前に観戦するという衝撃的な体験であったからこそ、試合開始と同時に日本代表の劣勢が手に取るように分かりました。例えて言うならば、ブラジルは骨太のイノシシ軍団です。対する日本代表は、野原を走り回る鹿です。イノシシはでかく、ずんぐりと、動きが鈍く見えますが、一旦獲物を捕らえるととたんに表情が変わり、物凄い勢いで突進してきます。そして相手を突き飛ばす自信があると言わんばかりにフィールド中をなめつくすように駆け回って、執拗にシュートを打ってくるのです。
対する鹿の群れは、素早く走り回りながらイノシシに獲物を奪われないようにと駆け回ります。ところが、ここぞという時にイノシシの体当たりを受けて、獲物を取られてしまうのです。そこにパワー、突進力の差を見せ付けられました。基本的な体造りが全く違うのです。ブラジル選手はワールドカップ出場国の他国の選手と比較してもさほど大きい方ではありません。しかし体が太く、しかもスピードがあり、その上、野性的な感性に優れています。このイノシシ軍団にまともに体当たりして互角に戦える鹿は、中田選手だけでした。その他の選手は全員、たじたじとしか言いようがない程、微弱だったのです。結果は見るも無惨な完敗、4対1という想像を上回る大敗でした。体造りと感性、すなわち体の大きい選手に磨きをかけなければ長い目で見て世界に勝ち目がないのが、肉弾戦に等しい今日のサッカーの現実です。
中田選手には大きなエールを送りたい
完敗を喫した日本代表ですが、しかし中田選手だけは選手生命を懸けていたと思える程、素晴らしい働きをしてくれました。その運動量の多さ、労苦は他の選手の比ではありません。中村選手は調子が悪く、稲本選手は相手の動きに翻弄されているばかり、4バックの選手も次々とイノシシ軍団に突破されていく最中、中田選手は攻守の要として止まることなく、ひたすらフィールド中を走り回ったのです。試合に命をかけた彼の情熱はフィールドからひしひしと伝わってきました。
試合終了後、フィールド上に仰向けに転がって号泣し続ける中田選手を最前列から見届けながら、自らもとても空しい思いにかられてしまいました。彼はどんな気持ちで泣いていたのでしょうか?この日の為に、自分を捨てて一生懸命チームをまとめるために戦ってきたにも関わらず、結果を出すことができなかっただけでなく、チームメートは不甲斐ない低レベルのサッカーに終始し、日本代表が目指したきめ細かいサッカーができなかったのです。日本サッカーに対する失望と虚無感、ジーコ監督との激論の思い出、どんな言葉をもっても言いつくすことのできない世界に1人、スタジアムの真ん中で号泣するプレーヤーこそ、日本のサッカー界に2度と現れることのない逸材なのでしょう。
日本サッカーの将来は体作りしかない
技術があっても体で負けてはサッカーに勝てないことを痛感した今回のワールドカップ。ジーコ監督退任の後は、J1のジェフ千葉の監督を務めるオシム氏が就任することが決まりました。これは朗報です。なぜならオシム氏こそ、選手を徹底的に走らせ鍛えあげさせる、指導の達人だからです。走ることは当り前、尚且つ考えるサッカーを目指す監督なのです。「ライオンに追われて肉離れを起こすウサギはいない」といい放つ次期監督だからこそ、骨太であり、突進し続ける根性をもったサッカープレーヤーを日本代表として選ぶに違いありません。日本代表は今が落胆のどん底です。だからこそ、ワクワクしてくるような希望が蘇ってくるのではないでしょうか。
(文:中島尚彦)
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世界の片隅から
−私のカメレオン−4
前回、ファーティマの餌を求めてジュネーブ郊外の原っぱにでかけたことを書きました。ジュネーブの夏は昼がとても長いので、2日おきくらいに仕事が終わってから急いで原っぱにかけつけ、せっせとバッタ取りをしていたのですが、2週間もするとさすがに「こんなことは続けてられないから、ほかの対策をとらなければならない」と考え始めました。そこでいろいろ調べてみると、ジュネーブには両生類爬虫類専門の動物園があることがわかったので早速出かけていきました。そこは毒蛇が専門のようでしたが、カメレオンの話も聞くことができ、餌なら街にあるペットショップでコオロギを買って与えればいいと教えてもらいました。さっそく、教えられたペットショップに行ってみると、確かに餌として使うコオロギが売っていました。わかってしまえば「何だ、こんなに簡単だったのか」です。これでもうバッタを取りに行かなくてもいいし、冬になっても餌の心配をすることはないと思い、それ以降は餌のコオロギはペットショップで買うことにしたのです。ところがしばらくするとまた問題が出てきました。ファーティマの食欲がすごいのです。コオロギの10匹くらいあっという間に食べてしまうのです。そんなに食べたいのならば、もっとあげなきゃと思い、ペットショップに足繁く通ったのですが、在庫がないことがよくありました。どうやら鳥の餌として買っていく人が多いようでした。そんなある日、何度通ってもコオロギを買えない私を見かねて、店のおじさんが「そんなにコオロギが必要ならうちの卸しを紹介してあげよう」といって、コオロギの直営店の電話番号を教えてくれました。早速電話をかけるとコオロギの種類だのサイズだのと言うのです。何のことやらよくわからないでいると、資料を送ってくれました。それを見てびっくりしたのですが、なと5種類くらいのコオロギがいて、それぞれが成育日数に応じて3ミリくらいの極小サイズから3センチくらいの特大サイズまでに分かれているのです。そのときになって改めて、今やコオロギは原っぱで取ってくるものではなく、工場で生産されるものなのだということがわかりました。とりあえず、それまでファーティマが食べていたのと同じくらいの体長1.5センチくらいのコオロギを100匹ほど頼むことにしました。それにしても、100匹のコオロギをどうやって配達してくれるのだろうかと気がかりでした。遠くから車で配達してくれるのかなあ、などと考えていたのです。数日後、ポストにボール紙でできた筒が届きました。日本で賞状などを入れておく紙筒と同じくらいのサイズです。なんとこの紙筒の中に100匹の生きたコオロギが入っていたのです。コオロギの宅配です。改めて、世の中いろいろな商売があるのだなあと感じ入りました。しかも、同封の説明書きによると「当店のコオロギは特別の飼料によって滋味豊富かつ衛生的に生産されており、出荷の時点で栄養分が最高になるように調整されておりますが、日数がたつにつれて風味も栄養価も落ちていきますので、早めにご賞味ください」と書いてあるのです。賞味期限はどうやら2週間くらいのようでした。びっくりしたものの、おかげさまで、ファーティマの餌問題は完全に解決しました。ファーティマは、栄養たっぷりのコオロギをいつでもたらふく食べられるようになったのです。
(文:井上健)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄本コラムを読まれた店長が熱心にもNCJ事務所に来られたと聞き、早速「しゃぶしゃぶどん亭」を訪ねてみた。オープンして間もないこともあり、店内は明るく清潔感がある。流行るレストランは最良のサービスメニューをランチタイムに提供しているものだが、その昼メニューはランチ限定鍋料理が4種類としゃぶ定食が3種類、お替り自由定食から成っている。価格帯も豚ちゃんこ鍋が690円とお安く、上はお替り自由定食が1680円、基本となる牛しゃぶ定食が1380円なので、値付けは悪くない。定番の特製牛しゃぶ定食を頂くことにした。特製と言うからには、きっと上質の肉が…と思いきや、期待は裏切られ、ごく普通の赤身が出てきた。レア目に素早く浸してしまうと、たれの中に肉の血がうっすらと赤くにじむので要注意だ。ランチの量としては丁度よいが、欲を言えば成田界隈でとれる長ネギ等も含めてもらいたい。残念なのは、塩こしょうがテーブルに置いておらず、胡麻ダレの味は合格点すれすれ。漬物はおまけ程度で、物足りなさを感じる。最後のきし麺は、ぶ厚いうどんのような歯ごたえで、ちょっと重たく感じてしまった。また一度もお茶の差し替えが無かった。次回に期待。
総合評価:
『しゃぶしゃぶ どん亭 成田店』 成田市ウイング土屋112 TEL00476-24-3078
(文:中島尚彦)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄民謡のメッカ、秋田県には、三味線の伴奏に合わせながら早いテンポで楽しく歌う、本荘追分と呼ばれるお座敷歌があります。この唄の起源は定かではありませんが、本荘は日本海を渡航していた北前舟の寄港地であり、そこに立ち寄る船員らが遊興の場において、この唄を頻繁に歌っていたことで知られています。昭和32年のNHKのど自慢全国大会では本荘追分を歌った歌手が優勝し、この唄が一躍有名になりました。
この唄の囃子詞は「キタサー」と「ハー」であり、これらが繰り返し唄われながら、民謡としての盛り上がりを見せます。これらの囃子詞にもヘブライ語のルーツが潜んでいます。「キタ」は、ヘブライ語の
(キター)であり、「王冠」、「王権」を意味します。「サー」は「得る」、「携える」を意味する
(サー)です。それ故、「キタサー」は「王権を取る」、または「王位に就く」という意味合いになります。そして前述した通り、「ハー」はヘブライ語で「見よ!」の意ですから、この囃子詞を唄いながら、実はヘブライ語で、「王の到来を見よ!」と唄っていたことになります。
また同じ秋田県には生保内節(おぼないぶし)という民謡もあります。生保内は街道町として栄えていたこともあり、多くの秋田民謡がこの町を発祥のルーツとして広まりました。この生保内節でも「キタサノサー」という本荘追分に類似した響きを持つ囃子詞が含まれており、その後「コラサノサー、ドッコイショ」と、耳慣れた掛け声が続きます。
まず「キタサ・ノサー」の語尾となる「ノサー」を検証してみましょう。日本語では「ノサ」と聞こえるこの言葉は、ヘブライ語の
(ノサッド)が語源であると考えられます。「ノサッド」はヘブライ語で「樹立する」という意味があります。前述したように「キタサ」は「王位に就く」という意味ですから、それに「ノサー」を合わせれば、ごく自然に「王権が樹立した!」という言葉になります。
次に「コラサ・ノサー」ですが、「コラサ」は「キタサ」と同様に「コラ」に「サー」
という語尾が付加された言葉です。「コラ」または「コル
は「声」を意味するヘブライ語です。「神の声」を意味する言葉に
(バッ・コル)がありますが、ここでは接頭語の「バッ」が省略され、語源の「コル」が神聖な声を意味する言葉として用いられているようです。この「声」に、「得る」または「携える」を意味する「サー」を語尾として付加することにより、「コラサー」は「神の御声を携える」もしくは「神聖な声を授かる」となります。これに「キタサ・ノサー」と同じく「樹立する」意の「ノサー」という語尾を付加することにより、「神の御声が成就した」と解釈できます。そしてお馴染みの「ドッコイショ」は定番の囃子詞であり、「神の助けによって突き進む」の意です。
一見、こじつけのようにも考えられがちなヘブライ語による囃子詞の解釈ですが、多くの民謡で唄われている囃子詞の大半がヘブライ語で容易に解釈できること、それらが神と人間に関わる一貫したテーマ性を提供していること、そしてヘブライ文化をルーツとする風習が、日本の風土に無数に土着していることを総合して考慮するならば、ヘブライ語ルーツ説が最も自然な選択肢であると断言できるのではないでしょうか。
(文:中島尚彦)
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かもねぎの
COME ON MUSIC ! ! 53
ミュージシャンというのは、体の局部を酷使する傾向にあります。私はギタリストということもあり、慢性的な腱鞘炎、体質的に肩や首のこりがあります。また左肩にストラップをかけて演奏するため、右肩がやや下がっており、体のねじれもあります。こうした悩みを持つ方は結構多く、もともと運動なんか好きな人たちではないので、このままでは悪くなる一方ですが、こうしたことは定期的にストレッチをすることで解消できます。またボーカリストに聞くと、プロになればなるほど演奏前のストレッチを欠かさず、本番の数時間前には十分体をほぐしてからステージに臨むといいます。ストレッチは全身がほぐれるものであれば、一般的なもので十分効果があります。リラックスできるだけでなく姿勢の矯正ができれば、発声にも影響が出てきます。ギタリストの場合は局部的な炎症を防ぐ効果がありますし、ドラマーの場合は体を酷使する分、肉離れなどの予防になります。またギタリストやピアニストの場合、ストレッチで指をよくほぐして柔らかくすることはそのまま奏法にかかわってきます。ギターやピアノは指が長い方がいいと思われがちですが、それよりも指の柔らかさ、指の開き具合の方が重要です。同様に、腕や肩もできるだけほぐれた状態が好ましいです。これは音楽に限らず、スポーツや日常生活にもいえることです。お風呂上りのストレッチは健康にいいだけでなく、音楽生活にも欠かせないものです。バンド活動をしている方はもちろん、趣味でカラオケなどを歌われる方もぜひ試してみて下さい。
(ギタリストNEGGY加茂)
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未病を治す 横山瑞生
第21回
江戸時代、幕府・大名などから関係諸方面および庶民に公布した法令・規則を伝達する文書を御触書(おふれがき)とか御達(おたっ)しといいました。その御触書に次のようなものがあります。「春秋灸をすゑ、患ひせぬように心がくべし。なるほど作業に精を入れたく存じ候(そうら)へども、患ひ所よりも年の作を外れ、身上つぶれ申すべく候間、その心得第一なり。女房子供も同然の事」。1597(慶長二)年に公儀が発しています。約四百年以前、オランダ医学が移入される百年ほど前のことです。
明治新政府が成立し、世情が安定するに従って、政治・経済が整ってきました。明治政府は西洋の文明・文化の移入に務めるようになります。いわゆる文明開化。近代化や欧化主義の風が吹き荒ぶ時代。それまでの医療の主流は漢方でしたが、漢方医学は陳腐で科学的裏付けに乏しいという理由で、医学界から法的に葬られてしまいました。代わりに自然科学に根差す西洋医学が日本の医学と定められました。こうした背景のもと、漢方は次第に陰が薄くなって行きましたが、民衆の中には、科学的証明はいざしらず、効くものは効く、という実証主義を支持する風潮も依然存在しました。
横山大観画伯は、橋本雅邦・岡倉天心に師事し、東京美術学校を卒えた後、薮田春草らと共に日本美術院の創立に身を置いた人物ですが、彼は人後に落ちず、愛飲家としても知られています。愛飲家には痔疾を患う者が少なくありません。
あるとき灸の名手沢田健師を伴って京都に赴いたことがありました。痔の治療には灸が神効を示します。散策から宿に戻った大観“先程の灸はあまり効かぬ”と言うと、沢田師、灸の後をしばし見つめて、“ああ、一寸ツボの位置がづれている。すえ直しましょう”と。その後、画伯は一睡すると、書几に向って手紙を確めつゝ“君の灸は実に良く効くヮ”と賞賛したという。
疾病(しっぺい)によっては、漢方薬や鍼よりも灸の方が著効があるものがしばしば見られます。このとき沢田師の使った灸のツボは、孔最(コウサイ)、百会(ヒャクエ)、承山(ショウザン)だったようです。百会穴(ヒャクエツボ)は頭の直上から少々後方の凹の中。孔最は図を参照して下さい。もぐさの大きさは米粒大。真接灸で冬では七ツ、夏なら三〜五ツ。水疱疹(ひぶくれ)ができても、それを潰さない事が肝要です。日本人には痔を患う人が多いです。しかし、近年食事や洗面所の改善などで減る傾向にあることは喜ばしいことです
PROFILE
横山 瑞生
(よこやま ずいしょう)
1939年
茨城県常陸大宮市に生れる。
1964年
東京高等鍼灸学校卒業、在学中から大塚敬節氏に師事し漢方を学ぶ、後小川晴通氏に師事し鍼灸を学ぶ。
1971年
中国医学研究協会設立に参画。
1973年
中華医学会の招聘で訪中、鍼麻酔、耳鍼療法学など我国に最初に紹介した1人。現在、日本東洋医学会会員、日中医療普及協会会長、新宿鍼灸師会会長、日本ホリスティック医学協会常任理事、一本堂鍼灸療院院長などの傍ら国内外の後進の指導に当たる。
著訳書
『カラー版鍼灸解剖図』『最新中医針灸穴位掛図』『針灸経穴辞典』『針灸寄穴辞典』『アレルギーはツボで治る』『耳針療法掛図』ほか多数。
連絡先
東京都新宿区本塩町10 四谷エースビル101
一本堂横山鍼灸療院 電話 03(3359)6693
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くらしを考える 第26回
衣替えの季節になると、クリーニングした衣類に穴が開いた・変色した・縮んだなどのトラブルや、なくなった(紛失)・かぶれた(クリーニングした衣類で)などの問題が多くなります。クリーニングトラブルが発生すると、私たちはすべてクリーニング店の過失と思いがちですが、ときには私たち自身にも原因がある場合があります。
●適切な保管をしなかったことによる虫食い・カビの発生
●防虫剤・乾燥剤の誤使用による変色
●ビニール袋のまま保管した衣服の変色等です。
しかしファッション性を追うあまり、洗濯に向かない素材を使ったり加工したり、誤った洗濯表示をつけた等はメーカーの責任になります。最近は海外のブランド品も多く出回り、ネットによる個人輸入や海外土産品などは、表示が読めないためにクリーニング店が取り扱い方法を間違えたり、素材の表示が正しくされてないことによる洗濯ミスなどもあるようです。
クリーニング事故の損害賠償としては、SマークやLDマークのあるクリーニング店では全国クリーニング環境衛生同業組合連合会の「クリーニング賠償基準」によって事故の対応を図っています。賠償額は原則として物品の再購入価格を基準として、購入時からの経過月数に応じた補償割合を算出します。又紛失した場合や購入代金の分からない場合はドライクリーニングならクリーニング代の40倍、ランドクリーニングなら20倍の額が補償されます。クリーニングした品物を受け取ってから6ヶ月、あるいは品物を預けてから1年間受け取りに行かずに経過すると賠償責任はなくなります。大切な衣料を預ける際は自らもチェックし、受け取ったらすぐに袋から出してチェックしましょう。また、信頼できる店を探すことも大切です。
消費生活コンサルタント 桐原照子