成田シティージャーナル===============
H17年 12月15日発行 第50刊 毎月15日発行 購読無料
==========================
成田の将来と日本の未来を見据えて撃つ!
そんなあなたにホットな話題をお送りする
最先端オピニオン紙

発行:ネットハウス
〒286-0044 千葉県成田市不動ヶ岡 1958
TEL 0476-24-6777 FAX 0476-24-6778
http//www.naritacity.com
成田市、佐倉市、印西市、富里市、佐原市、酒々井町、栄町、小林、安食、大栄町、多古町、
栗源町、横芝町、松尾町、芝山町、下総町、神崎町に折込
発行部数:181,000部
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
励ます世界、励ましてはいけない世界
2006年こそ日本に再び大和魂が復興する元年となるか!

 2005年、一般庶民にとっては何となく良い年で終わりそうで
す。国内ではテロ事件もおきず、大きな災害も無く、何にもまして経済の復興と株式相場の戻りには目を見張るものがありました。銀行も不良債権を一掃し終えて公的資金の完済が視野に入り、大手都市銀行の全てが来期、大幅な経常利益の増加を見込んでいます。また、小泉政権誕生以降も暴落し続けた株式相場はV字型に逆戻りし始め、11月には遂にその始点を追い抜いて、日経平均1万5千円のせを達成しました。このニュースは多くの国民にとって朗報です。買うから上がる、上がるから買うという踏み上げ相場の様相となった予想以上の株式市場の活況下で、庶民の懐が一時よりも明らかに潤ってきたのです。そういえば、ここ最近、東京の六本木や銀座界隈の著名高級レストランが以前にも増して予約がとりづらくなっているとか。ビジネスマンや昼の時間をもてあますマダムを中心として懐の紐が久々に緩み始めたのでしょう。高級ホテルのランチバイキングは女性客で賑わい、一泊3〜5万円もするデザイナーズ温泉は満室状態が続き、雑誌に紹介される高級グルメを謳うレストランには客が殺到し、贅沢な高額商品が飛ぶように売れているこの頃です。

魂を振わせる大和ブームの到来か!

 「元気」になってきた時代背景の最中、久々に「大和」ブームが訪れようとしています。日本を
「大和の国」と呼ぶとき誰もが暖かい響きを覚えるこの言葉は、平安時代では「大和魂」として、日本に土着している文化や伝統を背景とした知恵と教養を指して使われました。その後、清浄でスピリチュアルな意味合いが付加されるようになり、幕末の江戸時代では吉田松陰らによって国粋主義的なニュアンスまで含まれるようになったのです。今日「大和魂」は一般的に「武士道」と同じく、信義に忠実で妥協がなく、決して負けない力と勇気の象徴として、またそのように生き様が強く美しい姿を象徴する言葉として使われています。
 もうじき「男たちの大和」という戦艦大和をテーマにした映画が公開されます。元角川文庫の社長を勤めていた角川春樹氏が監修した作品であり、角川映画の元祖として名高い同氏の復帰作としても大いに期待されています。時期を同じくして、最近、本屋さんでも「蘇る戦艦大和」と題する月刊工作本が売れており、品切れ店が続出する人気ぶりです。誰でも簡単に作り上げることができるシンプルさが売りとなって、ブームに火がついています。おそらく日本人の心のどこかに戦艦大和に対する憧れがあるのでしょう。更に、今年の4月には広島県呉市にある呉市海事歴史科学館内に大和ミュージアムがオープンしました。そこには戦艦大和を実物の10分の1で忠実に再現した巨大な26メートルの模型が展示されており、半年間で何と、100万人を越える来館者数を記録したのです。勿論、模型自体もよりリアルに演出するために、戦時中に呉にあった海軍工場で働いていた造船会社の棟梁に依頼して、軍艦特有の船の構造を再現したというこだわりぶりです。当時、日本という小さな島国で、しかも小さい呉という造船町で、世界最大の軍艦を作ることは至難の業であったに違いありません。この奇跡に近い偉業を成し遂げる一意専心の思いこそ、大和魂と呼ばれるにふさわしい忠誠心の賜物であったと言えます。
 このコラムでもこれまで幾度となくマラソンの記事を書いてきましたが、このマラソンレースも、大和魂が試される究極の勝負どころです。日本人の体は欧米人よりも小さく、またカモシカのような長い足で大またに走り貫くアフリカ勢に、そもそも勝てるはずがないのです。ところが日本勢は意外にも強く、特に団体では総合優勝することが少なくありません。なぜ日本人がマラソンに強い
か。それは勿論、マラソンのテクニック、技術指導もありますが、所詮、人間の限界に挑戦するスポーツですから、行き着くところ、根性があるか、無いかの話になってきます。体を限界まで酷使してつらい痛みを我慢して耐え忍び、勝利だけを信じてひたすら走ることがレースに勝つ秘訣であるからこそ、大和魂を持つ日本選手ならではの快挙が続いているのではないでしょうか。
 「成せば成る、成さねば成らぬ何事も」、という上杉鷹山の有名な言葉は、今まで多くの日本人に夢と勇気を与えてきました。現代の日本語でいうならば、「やる気があれば何でもできる!」と言い換えることができます。すなわち一度決めたことは、何が何でも実行するという毅然とした態度、信念を指しており、「大和魂」の真髄でもあります。それ故、「大和魂」が息吹く所では、ひたすら前向きに物事を考え、勝利するために「気合」をいれて、前進するのです。それ故、お互いが励ましあって、ゲキを飛ばし合うのは当たり前であり、それは一意専心に徹する根性と意気込みの現れです。ところが昨今の日本社会では、この大和魂の「励ます世界」に相反するかのごとく、むしろ「励ましてはいけない世界」の方が、注目されるようになってきました。

日本列島を覆う深刻なシンドローム

 ここ最近、身の回りに落ち込んだ表情の人達が増えてきたように思えるのは気のせいでしょうか。確かに会社に行けば、明確な理由もなく仕事を休んだり、頻繁に遅刻してくる人達が目に付きます。また体調不良の為、常時薬を飲んでいる人も少なくはなく、知人の中には突然部屋にこもって口を閉ざしてしまったり、精神的に不安定になり、病院に通いながら暫く仕事を休職している人さえいます。どうやらこれらの問題の根源には「うつ」という病が見え隠れしているようです。今日では比較的若い世代の間でさえもうつ病の症状を訴える人が増えてきているため、新聞や雑誌、テレビでもうつ病に関るトピックが頻繁に取り上げられています。今や日本人の内、10人に一人はうつ病と言われる受難時代の到来です。そしてうつ病を患っている人に対しては、「頑張れ」と励ますことが禁句なのです。そこには明らかに大和魂の「気合」とはかけ離れた「励ましてはいけない世界」があります。
うつ病とは元来どういう病気なのでしょうか。一般的にうつ病とは、意欲の喪失を伴う憂うつな精神状態が継続し、日常生活に支障が起きる状態を指します。症状としては単に「悲しい」、「憂うつ」という思いや自己嫌悪感にひたるだけでなく、食欲が減退して拒食症のようになった
り、口数が少なく声が小さくなったり、頭痛や肩こり、その他睡眠障害や脱力感など、様々です。また思考力が低下するため注意が散漫になり、その為、優柔不断になりがちです。そして時にはこれらが死の願望へとつながり、実際に自殺をする人の大半はうつ病を患っていたと言われています。うつ病は誰でもかかりうる病気であり、うつ病を発症する年齢層に制限はなく、男女共通に浸透しています。医学的には、脳内の神経伝達物質の働きが悪くなった結果、生じる疾患と理解されています。それ故、ある程度は薬物によって治療が可能とされているのです。実際、うつ病には抗うつ薬が幅広く使われており、他にも精神安定剤や睡眠薬などが併用して処方される場合も少なくありません。また薬物療法だけでなく、東洋医学に基づいたハリ治療や漢方、電気けいれん療法、電磁気刺激療法、光療法など、様々なアプローチが用いられています。
 うつ病は一旦発症すると、特に朝方、ひどいうつ感が生じることが多く、その為、仕事や学校に遅刻しがちになります。それは、はたから見ると単に朝が弱く、寝坊して遅刻をしても気にしないだらしない人として映りがちです。また日中でも仕事を一人で抱え込んで黙り通したり、業務上のエラーが異常に多くなって仕事がはかどらなくなることが見受けられるようになる為、どうしても周囲からは、「無責任」という目で見られやすくなります。それ故、社会人を例にとれば、仕事上での様々なストレスを体験している内にうつの病状が悪化し、何時の間にか休みや遅刻が度重なった後、「実をいうと…」と、うつ病であることの告白がされるケースも少なくないようです。しかし実際には表面上のトラブルとは相反して、うつ病の人に限ってまじめで責任感が強く、律儀な人が多いと言われています。だからこそ、よりいっそうこういう人に限って周囲から「いいかげんな人」と思われることが耐え難い苦痛となったりします。

励ましてはいけない世界が存在する

 これらの精神的副作用が合い重なってか、うつ症状を訴える当人を「頑張れ」と励ますことは、かえって逆効果を生むということがわかっています。本人は既に目一杯、頑張ってきているので、単なる精神的なプレッシャーにしかならない励ましの言葉は必要ではなく、むしろ今の状況を理解し、忍耐強くケアーするという心が一番望まれます。そして無理をせずに休息をとってもらいながらあくまで、できる範囲のことを落ち着いてこなしていけるように、周囲が暖かく見守ってあげることが大事です。これは前述した体育会系のような「励ます世界」とは全く逆のアプローチと言えます。
大和魂をもって、お互いがゲキを飛ばして励まし合いながら全力投球し、忍耐と限りない努力をもって勝利を目指す「気合」の世界に相反して、言葉で励ますことはせず、暖かく見守っていく世界も紙一重に存在するのです。そしてこの2つの全く異なった世界は今や会社、学校、家庭
等、あらゆる所で共存しています。すなわち、「励ます世界」と「励ましてはいけない世界」という2つの異なった世界像はオーバーラップしている為、見極める必要があるのです。そしてこの「励ましてはいけない世界」が徐々に広がってきているように思えて仕方がない昨今の日本社会において、如何にして良き大和魂の復興を訴えていくかが、来る時代の大きなチャレンジとして残されています。

(文:中島尚彦)

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
世界の片隅から

−私のラクダ−4

 前回に引き続き、私が内戦下のソマリアで飼っていたラクダのダアリの話です。ぴかぴかの毛並みで、首から身分証明書をぶら下げて国連の敷地内を歩き回っていたダアリは町中の人気者でしたが、しばらくすると前回書いた例のインド人将校がやってきて、衛生上の問題があるのでラクダを敷地の外に出してほしいと言ってきました。インドの町では牛が放し飼いになっているし、牛のフン害もラクダのフン害も似たようなものではないかと思いましたが、軍人には逆らえません。困ったことになったと思っていたら、現地スタッフが何とかしてやるから心配するなといって、数日後に一人の若い男を連れてきました。敷地のすぐ外に住んでいる男で、彼がダアリの面倒を見てくれるというのです。まじめそうな男だし、ダアリに毎日腹いっぱい草を食べさせるためには、誰かがダアリを原っぱに連れて行って長時間放し飼いにするのが一番だと思ったので、彼をダアリのベビーシッターとして雇うことにし、毎日面倒を見ることを条件に月給50ドルを払う約束をしました。失業中だった男が喜んだことは言うまでもありません。ただ、遠くに連れて行かれたのでは私が会えなくなりますから、敷地のすぐ外にダアリのための小屋を、ダアリが大きくなっても使えるようにと、しっかりと大き目に建てました。ベビーシッターと近所の男たちが手伝ってくれて、木材代が300ドル程度かかりました。とにかく当時のソマリアではお金の使いようがありませんでしたから、ダアリのために毎日干草を届けさせたり、外国から高価な予防接種を取り寄せたりと、稼いだお金はダアリにつぎ込んでいました。

 さて、立派な小屋もでき、専属のベビーシッターも雇うと、どうしてもダアリに乗ってみたくなりました。とはいえ、生まれてから一度も物を背中に乗せたことがない子ラクダを調教するのはそれなりの技術がいります。私はどうしてよいのかわからないので、みんなに頼みました。まず彼らがやったことは、ダアリの背中のこぶの後ろからおなかにかけて縄で編んだ布切れを巻きつけることでした。重さはほとんどないのですが、ダアリはうっとうしがって結構暴れました。それでも数日たって慣れてくると、今度はそれに荷物をくくりつけるのです。ダアリはまたも暴れ、こんな重いものを載せられていい迷惑だといわんばかりに走り出し、荷物を振り落とそうとするのです。しかし何日かするとこの荷物にも慣れました。そしてベビーシッターの男が、いよいよ今日これからダアリに乗ってみると言ってきました。あんなに暴れるダアリにどうやって乗るつもりかとついていくと、小屋の中の片隅にダアリがつながれていました。手伝いの男たちもいて、ダアリの手綱をしっかり握っています。見ているとベビーシッターはダアリの真上にある天井の梁につかまって、そのままゆっくりとダアリのこぶの後ろに座ったのです。さあ大変。その瞬間、ダアリはキーキー大声を出して暴れだしました。ベビーシッターは梁につかまってバランスをとり、男たちは懸命に手綱を押さえています。数分間はそんな感じでみな必死でしたが、やがて異様なにおいがしてきました。なんとダアリがショックのあまり下痢をしたのです。ラクダのフンは通常はウサギのフンを大きくしたようなころころと丸い形をしているのですが、このときはまさに下痢便でした。後にも先にもダアリが下痢をしたのを見たのはこのときだけです。よほどのストレスだったのでしょう。正直、かわいそうになりました。(次回に続く)

(文:井上健)

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
日本とユダヤのハーモニー
第2部 日本語のルーツ
第19章 仮名文字のルーツ
まとめの章

 「仮名文字は漢字に由来する」という定説を根本的に覆す新説として、平仮名や片仮名はヘブライ語のアルファベットを基に創作された日本固有の文字であることをこれまで解説してきました。無論、既存の定説が全て間違っているという訳ではありません。例えば幾つかの片仮名が漢字の一部を流用して創作されたという定説は疑う余地がないのです。しかし全ての平仮名と片仮名を任意の漢字と結び付け、これらが漢字から創られたと決定づけるにはどうも無理があるようです。平仮名を例にとれば、漢字をくずして創作されたと言われている割には、それらの字形が似つかないものが多すぎます。ところが面白いことに、漢字説では上手く説明できなかった仮名文字は全て、ヘブライ語のアルファベットを使って整然と解明することができるのです。

 ヘブライ語ルーツ説が正しいと思われる根拠は、まず漢字よりもヘブライ語のアルファベットをベースに創作した文字形状の方が仮名文字に酷似しているということです。例えば「あ」「い」「う」「え」「お」の成り立ちは、明瞭にヘブライ語から解説することができても、漢字ルーツ説では飛躍した解釈をしなければ漢字の字形と仮名文字がうまく結びつきません。ヘブライ語ルーツ説では、一定の創作ルールに基づいて、同一の発音を持つアルファベットから新しく仮名文字が形作られたと想定するだけで良いのです。その一例として、ヘブライ語のアインとアレフという子音と「あ」の発音を持つ母音を重ねるだけで平仮名の「あ」そのものになることに着眼するだけでも、ヘブライ語ルーツ説に魅力を感じないではいられなくなります。
 またヘブライ語ルーツ説では、仮名文字と同じ発音を持つ特定のヘブライ語アルファベットから平仮名を創作しているのに対して、漢字ルーツ説では、数多くある類似した発音を持つ漢字の中から何故、特定の漢字が選ばれ、それが仮名文字の原型となったのかを説明することができません。すなわち漢字の選別方法が不透明であり、説明のしようがないのです。この問題点を払拭するのがヘブライ語ルーツ説です。仮名文字がまずヘブライ語から創作され、その字形と類似した漢字が後に選別されたと想定するのです。「あ」を例にあげるならば、まず同じ「あ」の発音に関連するヘブライ語の子音と母音を一定のルールに基づいて組み合わせながら「あ」の字形を完成させ、その後、同等の発音を持つ漢字の中からこの形状に類似した漢字を選別するのです。

 では、ヘブライ語がベースとなって仮名文字が形作られたとするならば、何故、漢字ルーツ説が広まってしまったのでしょうか。これは単なる検証の誤認というよりもむしろ、創作者による意図的な世論操作であった可能性が高いと考えられます。すなわち仮名文字を創作した人物の意向によって、ヘブライ語ルーツを隠蔽することが当初より仕組まれていたと考えられるのです。確かに隠蔽論的な発想は学問的に受け入れ難く、一般的にも何かこじつけのような印象を与えがちです。しかし、仮名文字が創作されたと考えられる平安時代では、貴族の間で言葉の遊びとも言える枕詞や折句が流行し、表向きな文面とは裏腹に、作者の真意を折句として詩の中に隠すような手腕が競われていました。その時代背景の中で「いろは歌」や、後述する囃子詞、古来の民謡等、多くの古代文献の中に、表面的には簡単に悟られない形で、ヘブライ関連のメッセージが上手に秘められたのです。同様に、仮名文字の形状においても、表面的には漢字がルーツのように見せかけて、実はヘブライ語がルーツであったことが上手に隠蔽されたと考えられます。仮名文字だけでなく、様々な古代文献にも秘められているヘブライ語ルーツを一つずつ解明していくことにより、如何にヘブライ文化が日本の古代史に息吹いているかを知る決め手となります。
 また、これ程まで分かりやすく解説できるヘブライ語ルーツ説が今日まで解明されなかった理由としては、まず仮名文字のルーツは中国にあるという先入観から、誰もが漢字ルーツを疑問視しなくなったということが挙げられます。とりあえず仮名文字に類似した漢字はおよそ見出せる訳ですから、その定説を否定するには及ばなかったのです。次に、日本にはヘブライ語を理解する学者が少なく、ヘブライ語と仮名文字の接点を見出すチャンスに巡り合えなかったことが考えられます。それもそのはずです。前述した通り、仮名文化の創作者は、そのヘブライルーツが見破られないようにその存在を隠蔽し、あたかもそれが漢字をルーツにしているかのごとく掏りかえたからです。その結果、長い年月の間、誰もが隠蔽策に惑わされてヘブライ語のルーツを見出す手がかりを失ってしまったのです。
 そして仮名文字のルーツがヘブライ語であるという事がこれまで解明できなかった最大の理由は、「いろは歌」の作者が弘法大師であることを近代の学者が否定してしまったことにあります。何故ここで突然「いろは歌」が話題に上るのでしょうか?それは「いろは歌」が仮名文字の集大成であり、昔から仮名文字と同様に「いろは歌」も弘法大師が創作したと言い伝えられているだけでなく、この「いろは歌」こそ折句の宝庫であり、そこには作者の宗教心がちりばめられているのです。その宗教とはヘブライ語ルーツを持つキリスト教です。すなわち、昔からの言い伝えをそのまま受け入れていれば、大陸でキリスト教とヘブライ語を学んだ弘法大師がヘブライ語を基本として仮名文字を創作したと考えても何ら不思議ではありません。そして大師がその後、「いろは歌」にキリスト信仰の折句を秘め、それを世間に流布したと考えれば、様々な謎が解けてきます。

 弘法大師が自らの信仰心に従って、高貴な日本文化を創生する為に、ヘブライ語を用いて新しく仮名文字を創作することに労したと想像するのは難しくありません。当時、日本には古代からのアヒル文字や大陸から導入された漢字以外は文字らしい文字がなく、神国である大和の国、日本にふさわしい高貴な自国の文字を作らなくてはならないという強い使命感に燃えたのでしょう。そこで中国留学時にネストリウス派のキリスト神学に触れ、聖書の言語であるヘブライ語で得た知識と経験を活かし、自身が持つ天性の語学力を奮ってヘブライ語のアルファベットから日本語の仮名文字を草案したのです。ところが大師のキリスト信仰は、当時国家権力と密接な関係にあった仏教勢力とは相容れないものがあり、政治的な争いにも巻き込まれる危険性があったはずです。それ故、仮名文字のヘブライ語ルーツ隠蔽を目論み、わざわざ漢字を選んでそれに掏りかえたのです。そして仮名文字の集大成となるべく「いろは歌」を書き、その中に折句として大師の信仰告白を盛り込み、それを普及しらしめたのです。これこそ言語学の天才、弘法大師ならではの離れ業といえます。昔からの言い伝えは間違っていませんでした。弘法大師が仮名文字を創作し、そして「いろは歌」を書かれたのです。今一度、史実を再確認した上で、古代史を見直す必要があります。

(文:中島尚彦)

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
かもねぎの
COME ON MUSIC ! ! 46

タノシイウツワvol.4

チェチェン戦争難民支援&世界平和を祈念するチャリティコンサート「タノシイウツワvol4」が開催されました。今回は過去最多の13バンドが出演。秋晴れの中楽しいパフォーマンスを披露してくれましたのでご紹介します。

木村カエラのヒット曲をかっこよく決めた「ノーわんわんエルスコルチョ」
プログレッシブなサウンドが光る「ゆたんぽ」
「あずさ2号」をロックに?抜群のアレンジ力がうなるHEAVEN'S BLOW
成田発のポップスバンド決定版
もろパンダです。子供は大喜びの正統派ロック、ギターパンダ
バグパイプはご存知加藤健二郎 ! !
俳優でもある前波行則が魅せてくれたワーギター
ギターの玉城さんが爆音で聞かせてくれる。さすがメジャーの破壊力マチルダ・ロドリゲス。 

お問い合わせ NCJ NEGGY加茂まで

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
とってもロハスなアンチエイジング
LOHAS; Lifestyles Of Health And Sustainability
同志社大学アンチエイジングリーサーチセンター教授 米井嘉一

第1回

 最近良く耳にする言葉にロハス、そしてアンチエイジングがあります。ロハスとは、英語「Lifestyles Of Health And Sustainability」の頭文字「LOHAS」をとってロハスと読んだ言葉。米国で生まれたマーケティング用語で、心と身体と地球環境にやさしいライフスタイルを意味します。一方、アンチエイジングは、生活の質(QOL;Quality Of Life)の改善と健康長寿のための医学。今回のシリーズではロハスな考え方、ライフスタイルを紹介するとともに、アンチエイジングとはどの辺に共通点があり、どの辺が違うのか、考えてみたいと思います。

 「いきいきロハスライフ!」の著者イデ・トシカズ氏によれば、ロハスを考える視点は消費者、生活者、投資家・企業家の3つがあるとのこと。消費者の立場とは、オーガニックフードやスローフードを買う消費者が何を考え、何を求めるか、どのような行動をとるか、です。生活者の立場とは、ヨガや鍼灸、アロマテラピーといった代替医療を積極的に取り入れたりする健康志向のことです。投資家・企業家の立場とは、オーガニックフードやスローフードを生産する企業、環境にやさしいハイブリッドカーを作る車会社、CO2の排出抑制を真剣に取り組む企業グループであったりするわけです。

 日本にはNPO法人ローハスクラブ(東京都中央区、会長浦田純一、http://www.lohasclub.org/)が設立されており、ロハス普及の中心を担っています。その活動趣旨は、健康ですこやかに暮らしたいと願う人々に対して、ロハス(環境と人間の健康を優先した持続可能な社会のあり方を模索する)という志向を普及・促進するために調査・研究および情報のネットワーク化に関する事業を行い、人々の健康や社会活動、経済、環境の保全に寄与することを目的とすることです。簡単に言えば、「意識を少し変えて、健康な生活を始めよう」ということ。
 次回から、ロハスについて、もう少し詳しく説明しましょう

著者プロフィール:米井 嘉一(よねい よしかず)
1958年東京生まれ。慶應義塾大学医学部卒。
日本鋼管病院内科・人間ドック脳室長を経て、現在、同志社大学アンチエイジングリサーチセンター教授、(株)サウンドハウス産業医。
Anti-Aging Medicine (抗加齢医学)の伝道師としてテレビ、ラジオ、雑誌等で活動中。
(http://www.yonei-labo.com/)

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
未病を治す 横山瑞生
第14回
自分の健康は自分で守る

 体内に取り入れた氣は、臓腑の最高位に在る肺に上昇します。ここから経絡といわれる通路を流れて、全身に配布されるのです。経とは縦糸、絡とは横糸という意味があります。つまり経は上下に、絡は左右に氣が流れる通路。絡は経と経とを繋いでいます。更にいえば絡を結ぶ通路があり、これを孫絡といい、これらによって全身を網羅している、と考えられています。
 経は十二通路あり、各々に六臓六腑の名が付けられています。十二経は正経といい、これに前後正中を走る縦の経、任脈(前)と督脈(後)(竒経)を加えて十四経と呼びます。
 経と絡とを合わせて経絡と言います。経絡の流れが正常な時は健康を保持しています。身体が冷え、ほてり、しびれ、痛むといった症状が現われたときは病氣の前兆と見做します。これに加えて脈が早く、浮いたり、呼吸が荒くなったりした場合は氣の流れが滞ったり、遅くなったり、速くなったりしていると診断します。

 永い年月の中で古人の経験の積み重ね、それらの伝承から、こうした病症の際は、どのツボに、どのような刺激を与えたらよいか。鍼が良いか、灸がよいか、はたまた按摩がよいか、が書籍に詳しく記され、今日読むことができます。これら古人の足跡を知るのに、文字文化はどれ程私達に恩恵をもたらして呉れたことでしょう。
 ここでもう一つ大切なことを紹介しておきましょう。私達人間は生れながらに、丈夫な体と貧弱な体とがあります。また生後の環境や生活習慣から、強弱が生じることはよく知られるところです。丈夫な体は氣が充実しているし、貧弱な体は氣も貧小です。前者は「実」、後者は「虚」といいます。実の人は病氣にかかり難いが、虚の人は病氣がちです。
 体外から病氣を起す原因になるものを外邪(外因)といい、風、暑、熱、燥、寒、湿、がこれです。また内因に七情があります。七情とは感情のことで、喜、怒、憂、思、悲、恐、驚を指します。この他に不適切な飲食、労働休息。不適切とは過不足のこと。その外に外傷、動物に咬まれたり、刺されて毒が体に侵入し重篤な病状を来す恐れのあるものを不内外因といいます。これら外因、内因、不内外因も「実」つまり、丈夫な体の持主は抵抗力があり、発病しても治りがよいが、貧弱の体質の持主は病氣に罹り易く、治りが悪いことは明白です。一般に実証、虚証と言われます。病いとして扱うときは証にかえて症を付け表現します。

 さて、中国伝承医学の哲学理論を説いていますが、少々難解かも知れません。出来るだけ解り易く筆を進めます。それによって、これからの稿を楽しく、実践できると確信します。どうぞよしなに願います。

PROFILE
横山 瑞生
(よこやま ずいしょう)
1939年 
茨城県常陸大宮市に生れる。
1964年 
東京高等鍼灸学校卒業、在学中から大塚敬節氏に師事し漢方を学ぶ、後小川晴通氏に師事し鍼灸を学ぶ。
1971年 
中国医学研究協会設立に参画。
1973年 
中華医学会の招聘で訪中、鍼麻酔、耳鍼療法学など我国に最初に紹介した1人。現在、日本東洋医学会会員、日中医療普及協会会長、新宿鍼灸師会会長、日本ホリスティック医学協会常任理事、一本堂鍼灸療院院長などの傍ら国内外の後進の指導に当たる。
著訳書 
『カラー版鍼灸解剖図』『最新中医針灸穴位掛図』『針灸経穴辞典』『針灸寄穴辞典』『アレルギーはツボで治る』『耳針療法掛図』ほか多数。

連絡先 
東京都新宿区本塩町10 四谷エースビル101
一本堂横山鍼灸療院  電話 03(3359)6693

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
くらしを考える 第19回

食育のすすめ・・・健全な未来を築くために

 昨今、「食育」活動が全国各地で深く静かに広がっています。「食育」とは体に良い食を学び、選ぶ力を育てることです。明治の後期頃までは育児には五育(食育・知育・才育・徳育・体育)があり、食育はまさに育児の基本、しつけの基本といわれていたのです。
 高度成長をとげた日本では食の多様化が進み、便利な調理加工食品・スナック菓子・砂糖たっぷりの飲み物、という食習慣が根付き、過去半世紀に動物性たんぱく質は4倍、動物性脂肪は5倍も摂取、逆に米を含む炭水化物は40%減り、新鮮な野菜・果物・海藻に多いビタミン・ミネラル・食物繊維の摂取量は大幅に減少しています。これらはアレルギー・アトピー・肥満・糖尿・高血圧といった体の問題だけではなく、引きこもり・非行・キレるなど子供や若者の問題行動等の激増につながっているのでは…とも云われています。

 忙しい生活を送っている現代人は、ともすると毎日の食の大切さをないがしろにしがちです。旬のない食材、栄養摂取の偏り、不規則な食事等、又肥満や糖尿などの生活習慣病の激増、過激なダイエット、そして大量の食べ残しと、食をめぐる問題は数え切れません。特に青少年による非行・残忍な犯罪の増加等の様々な社会問題の根底に「食の乱れ」もあるのではないでしょうか?栄養バランスを考え、おいしく食べ元気に育つ食育は、命・心・人間関係を育み健全な社会を作ります。国も食育基本法の制定など支援・推進する方向で動いています。
「健全な精神は健全な身体に宿る」といわれます。「食育」は健全な社会を作る土台です。これからの日本の社会が明るいかどうかは、未来を担う子供たちの心と体の健康にかかっています。私も食育ボランティアの一人として今後も未来の子供たちの食育にかかわっていきたいと思っています。



消費生活コンサルタント 桐原照子